聖書のノート

チェレスティーノ・カヴァニャ

  1. ヘブライ民族と聖書

  2. 天地創造と創世記の物語

  3. アブラハムと族長の時代

  4. モーセ、民の解放と十戒のおきて

  5. ユダとイスラエルの王国、王と預言者

  6. ヘブライ人の詩と知恵文学

  7. イエス・キリストの生涯

  8. イエスの教え、神の国と愛

  9. 奇跡、神の働きのしるし

  10. 初代教会とパウロの宣教

















1、 ヘブライ民族と聖書



 聖書は大きく分けるとヘブライ民族の聖典である「旧約聖書」とイエス・キリストの生涯と教え、また初代教会の記録である「新約聖書」から成っている。

「ヘブライ人(ヘブル人)・イスラエル人・ユダヤ人」は同じ意味。
ヘブライ民族はアブラハム(BC1850年頃)の子孫。
イスラエルはアブラハムの子、イサクの子、ヤコブの別名。ユダはヤコブの後継者
。「パレスチナ」はヘブライ人が住んでいた地域の名称。元は「カナン」と言われ、BC1200年頃にエーゲ海諸島から侵入してきたペリシテ人から名前をとった。

ヘブライ民族の歴史

BC 1850年頃。アブラハムはメソポタミアのウル市を出て、カナン(パレスチナ)に住む。その子孫はイサク、ヤコブとヤコブの12人の子供。この時代にエジプトへ移動する。エジプトで暮らしていたヘブライ人は奴隷にされてしまう。
BC1250年頃。モーセは神(ヤーウェ)から使命と力を受けてヘブライ人を解放する。エジプトを逃げて40年間シナイ半島で暮らしてから、ヨシュアに率いられてカナンに侵入していく。他のパレスチナ人と一緒に暮らす。
BC1000年頃。ダビデ王はヘブライ人の支配の下にパレスチナを統一させる。ダビデ王とその子、ソロモン王の時代は国がいちばん栄える黄金時代である。
BC931年。王国の分裂。北王国イスラエル(首都サマリア)はその後821年に隣の大国アッシリア(現代のシリア)によって滅ぼされる。南王国ユダ(首都エルサレム)はしばらく続くがやがてその後に興ったバビロニア帝国(現代のイラク)によって滅亡する(BC586年)。全市民は奴隷にバビロニアに連れて行かれる(バビロニア捕囚時代)。
BC538年。新帝国ペルシア(現代のイラン)はバビロニアを滅ぼし、ヘブライ人を解放する。帰国後、ヘブライ人は祭司と預言者たちに支えられ、国を再建する。エルサレムの宮殿と神殿が建設され、国民を励まし、自信を持たせるために祭司たちは古い歴史の記録、詩集や預言者の書を集め編集し、旧約聖書を発表する。
BC332年。パレスチナはアレキサンダー大王の築いたギリシャ帝国の支配下に落ちる。
BC64年。ローマ帝国の領土となる。ティベリウス皇帝の時代にイエス・キリストが生まれる(西暦元年)。
西暦70年。エルサレム滅亡。自由を求めて騒動を繰り返していたヘブライ人はローマに滅ぼされ、世界中に分散移住させられる。パレスチナにはパレスチナ人の諸民族が残る。
西暦1948年。世界中に分散していたにもかかわらず、堅く信仰と伝統を守ってきたヘブライ人は次第にパレスチナに戻り、イスラエル共和国が再建される。


契約(旧約・新約)

ヘブライ人の聖典である旧約聖書も、キリスト教の新約聖書も、同じく神と人との間の契約という考え方に基づいている。「契約」という単語は旧約聖書に327回出る。新約聖書には29回。「約束」は旧約に24回、新約には46回。
参照:ノアとの契約(創世記8、20〜9、17)
   アブラハムとの契約(創世記12、1-3。15章)
   モーセの時の契約(出エジプト記19、3-21。24章)

           旧約                 新約
契約者:     神()とヘブライ民族   神(御父)と全人類
仲介者:     預言者モーセ         神の子イエス・キリスト
神の約束:    救い(新しい国と平和)   救い(平和と幸せ、永遠の命)
神の求めること: 十戒を守ること       十戒、愛に生きること
契約の印:    いけにえの羊の血      十字架上で亡くなったイエスの血
    

聖書の由来と構造

聖書は大勢の人が手がけて、数百年の間に書かれたものだ。ヘブライ人の歴史の最初の出来事は口伝えで、歌や詩の型で親から子へと伝えられた。ダビデ王の時代からエルサレムで、ある人(名前は知られていないが、神のことをヤーウェと呼ぶから普通ヤーウィストと言う)は伝わってきた話と当時の出来事を文書として記録し始めた。その少し後、北王国で、他の人(神のことをエロイムと呼ぶからエロイストと言う)は同じ作業を行った。バビロニア捕囚の後、みんなの信仰を盛り上げるために、エルサレムの祭司たちはヤーウィストとエロイストの記録や他の伝説、詩歌、預言者の書を編集して旧約聖書ができた。
ヘブライ語やアラム語で書かれた旧約聖書はBC250頃にギリシャ語に訳されて(70人訳)、地中海沿岸の国に広まった。
新約聖書はイエス・キリストの死後、弟子たちはその言葉と行いの記録を集めて、4福音書が編集された。その後、初代教会の出来事、弟子たちの手紙などを加えて、新約聖書と旧約聖書がキリスト教会の聖典として使用された。
西暦404年に聖書全体のラテン語訳(ヴルガータ)は旧約聖書に、紀元前6世紀と2世紀の間にできたいくつかの書を聖書に加えたものが今までカトリック教会に使われている。
プロテスタント運動が始まった時(16世紀)プロテスタントの諸教会はラテン語訳の時に加えられた書を除いたが、今の日本語新共同訳でこれらの書は「旧約聖書続編」として扱われている。

旧約聖書には次の書がある:
歴史の書:17書 (創世記〜エステル)
天地創造の諸物語。アブラハムと族長の時代。エジプトからの脱出(モーセ)とカナン(パレスチナ)への侵入、ダビデ王とソロモン王の黄金時代。国の分裂:イスラエル(北王国)とユダ(南王国)。バビロニアの捕囚。帰還と国の再建。
知恵の書:5書(ヨブ記〜雅歌)。ヨブ記:苦しみの問題について。詩編:ダビデやソロモン王の詩歌や祈り。箴言:ことわざ。コヘレトの言葉:無常観について。雅歌:愛の歌。
預言者の書:17書。神からそのみ言葉を人に伝えるために召し出された者。残した書の大きさで4人の大預言者(イザヤ、エレミア、エゼキエル、ダニエル)と他の12人の預言者がある。

旧約聖書続編(13書)には色々な種類の書が含まれている。 新約聖書には次の書がある:
4福音書:マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネによる、キリストの生涯や教え
使徒言語録:初代教会の記録
パウロの手紙:パウロが創立した色々な教会への手紙
他の使徒の手紙:ヤコブ、ペトロ、ヨハネ、ユダ
ヨハネの黙示緑:象徴的に教会の歴史や人類の未来が暗示されている。


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2、 天地創造と創世記の物語(創世記 1-11章)



 この11章には5つの物語があり、文字通り歴史的事実として受け取るものではなく、ヘブライ人が神との付き合いのうちに啓示された歴史と人生の深い意味を物語の型として表しているものである。きっかけとなった歴史的出来事もあるだろうが、ヘブライ人はどんな大事な神のメッセージを伝えようとするかをまず考えよう。
この11章は聖書の初めにあるが、このまま編集されたのは紀元前6世紀頃、旧約聖書の編集の時で、その前にはダビデ王の時代(ヤーウィスト)と北王国の時代(エロイスト)によって書かれた部分的な記録だけがあった。


1、天地万物と人間の創造。(創世記1〜2章)

物語:神は混沌とした宇宙を整理し、御言葉を発して天地万物のすべてを創造された。1日目は光と闇を分け、昼と夜ができる。2日目は地球と大空を分ける。3日目は乾いた陸と海を分け、陸には草と木を生えさせる。4日目は太陽、月、星、季節、日と年を設ける。5日目は海に棲む魚と空を飛ぶ鳥。6日目は陸に棲む動物、最後に人間を創造された。神は創造されたものをすべて良しとされた。
神は人間を自分の姿に似せて創造された。そして神は7日目に安心して休んだ。
話のきっかけとなった出来事:古代メソポタミアやエジプトには似たような天地創造物語があった。ヘブライ人は永遠に残る神の言葉(聖書)を表すに当たって、他の国の物語を参考にしながら、自分たちの宇宙観をはっきりと示した。

伝えようとするメッセージ:
* この宇宙と地球は本来良いものだ。神はすべてを良しとされた。他の国の宗教にあるような、善の神や悪の神があるのではありません。とっても楽観的な世界の見方である。
* 神はご自分の姿に似せて人間を造られた。これは外観のことではなく、人間は他の生き物と違って、自分の命を守るだけでなく、創造力を持って世界を造り続ける。また他の人に幸せを与える愛の力をもっている。これは神の姿。
* 一週間に1日休むと言う制度はすべての人が疲れを回復する大事な時間。弱い人、奴隷や貧しい人を使い捨てにしようとする社会に対して、すべての人を大事にする。これは他の宗教に見られない思いやりのある制度である。


2、神への背き (創世記3章)

物語: 最初の男と女は楽園で幸せに暮らし、苦しみと死を知らない。しかし蛇にだまされて、神が禁じた「善と悪を知る実」を食べてしまった。その結果として楽園の幸せを失うことになる。
話のきっかけとなった出来事:この物語りが書かれたとき、ヘブライ人はバビロニアでのつらい奴隷生活を体験していた。自由と幸せを失ったのは神のおきてを忘れて、好き勝手に生活し、社会が堕落していたからだと自分たちで反省した。
伝えようとするメッセージ:「善と悪を知る実」は自分で善と悪を決めて、好き勝手に生きることの象徴である。神が定めた道理を無視して好き勝手に生きることは人間を苦しみと不幸に導く。


3、カインとアベル (創世記4、1-16)

物語: アダムとイブに産まれた子供はカインとアベルと言う。アベルは羊飼いで、カインは農民。それぞれ羊と畑の初穂を神に捧げたところ、神はアベルの羊のいけにえを受け入れ、カインの穀物を受け入れない。それに怒ったカインは弟のアベルを殺す。
話のきっかけとなった出来事: ダビデ王の時代にヘブライ人はパレスチナに定住し、時代とともに生活習慣が変わった。主に遊牧民で羊飼いだった彼らの大部分は農民になった。この社会の変化に伴って発生した色々なトラブルがこの物語に現れる。
伝えようとするメッセージ: 羊飼いアベルは古き良い時代の象徴。神に忠実に従う族長(アブラハム、イサク、ヤコブ)の幸せな時代を表す。農民はダビデとソロモン王以降、神を忘れて、隣の民族のおもしろい自然宗教を真似て、社会は堕落したことを示す。神の道理を捨てて、好き勝手に生きる人は争い、互いに殺し合う不幸な結果になる。


4、大洪水とノアの方舟(はこぶね) (創世記6、1〜9、17)

物語: 堕落した世界は神の罰として大洪水に遭って滅ぼされる。良い人ノアは神の導きによって大きな方舟を造り、自分と家族と色々な動物が方舟の中に難を避けて、後で人類を続けることになる。
話のきっかけとなった出来事: 大洪水の物語は他の民族(メソポタミア、エジプト、アフリカやアメリカ)にも見られる。地球の歴史には起こった可能性のある出来事(4万年前に氷河時代が終わった時に大きな気象異常と激しい変化が考えられている)。
伝えようとするメッセージ:  大昔から伝わった物語を天罰として解釈し、ヘブライ人が堕落していたからバビロニア帝国に滅ぼされ、ごく一部が生き残るという、つらい思いと反省の心をこの物語に込めている。


5、バベルの塔 (創世記11、1〜9)

物語: 栄えている都市の人々は自分の力に自信がありすぎて、天を挑戦して雲にまで高くそびえる塔を建てる。でも神は彼らの言葉を交ぜて、互いに話が通じなくなり都市が滅びた。
話のきっかけとなった出来事: 紀元前1万年から中央アジアを中心に民族の大移動が起こり聖書の時代まで続いている。同じ地域で同じ民族が住んでいたとき、みんなが同じ言葉を話していた時の話が伝わってくるが、ヘブライ人の時代は言葉が通じないほど色々な民族がパレスチナに共存している。この話に出てくる高い塔はヘブライ人はバビロニアで見ていた(ジグラトと言い、高さは100m近く)。
伝えようとするメッセージ: ヘブライ人はバビロニア人の傲慢さをよく経験して、神に背くことと高慢さは社会の混乱を起こすと解釈した。


宇宙と地球はどう始まっただろうか

 聖書は歴史の意味と神の救いの働きを語る本だということを忘れてはいけない。この問題については当時のヘブライ人の宇宙観しか得られない。宇宙と人類の始まりは謙遜な科学研究で少しずつ発見されるだろう。今の教会は現代の宇宙説や進化論を問題にしない。人類がどんなふうに始まっても、それは神が定めた摂理のうちの出来事だと信じている。神は、大きく育ち進化する生命とその進化の仕方を創造された。

(参考のため:)
200〜100億年前:ビッグバン(小さな物質の固まりが爆発し、宇宙が膨張し始める)。 46億年前:太陽の誕生と同時に惑星と地球が形を取る。
20〜10億年前:海の中の微生物が現れる。色々な条件によって形と大きさを変化し、植物や動物が現れる。
5億年前:頭脳のある動物が現れる。爬虫類の後に哺乳類。
300万年前頃に猿に似ていても、石を切って道具を造る猿人が現れる。
その後原人に変わり火を使い始め、また15万年前から死者を葬ることを覚え、社会活動と死後の世界の信仰を示す。
7000年前から色々な文明が現れる:メソポタミア文明(BC5500年)、エジプト文明(BC3000年)、エーゲ海とインダス文明(BC2500)、バビロン文明(BC2000年)、中国の黄河文明(BC1700年)。

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3、 アブラハムと族長の時代 (創世記 12-50章)



カナン(パレスチナ)

エジプトとシリアの間、ヨルダン川と地中海に挟まれた地域カナンには紀元前9000〜7000年から農業が行われていた。カナン人は都市を形成し、貿易に従事して、メソポタミア、エジプト、アッシリア、フェニキアの影響を受けながら、高度な文明を発展させた。紀元前3000年から造られた有名な都市としてエリコ、メギッド、ウガリト、ビブロスなどがある。
カナン人とはこの地域に住んでいた色々な民族のことを言う。BC3000年頃にアモリ人が侵入してきて、BC1300年頃「海の民族」の侵入がある。中に特にエーゲ海から来たペリシテ人は強くて、パレスチナという地名はかれらから名前をとった。
すぐ後にヘブライ人、アラム人、エドム人、などの諸国家郡が築かれた。

アブラハムの召出し(創世記11、27〜12、8) 

アブラハムはBC1850年頃、神の導きによりメソポタミアのウルの町からカナンに赴き、そこに住み着いた。メソポタミアとエジプトの間を往復する商人たちもいたけれども、アブラハムは自分から新しい国民を作り出すと約束された神に従って、自分の町ウルに帰ることはなかった。

神の約束(創世記15、1-21。17、1-17)

神はアブラハムと契約を結び、空の星のような多くの子孫を約束する。契約は当時の習慣に従って、二つに裂かれた動物の間を通る儀式で結ばれた。
また神との契約のしるしとして男子の割礼か始まる。

息子イサクの誕生の予告(創世記18、1-15)

アブラハムと妻のサラは年をとったけれど子供は産まれなかった。ある時3人の旅人がアブラハムのテントを尋ね、息子が生まれることを予告した。アブラハムは最初それが冗談だと思ったが、3人は神の使いだと気づいて信じた。そして一年後男の子が産まれ、イサクと名付けた(創世記21、1-8)。

イサクのいけにえ(創世記22、1-19)

神はアブラハムの信仰を試すために息子のイサクをいけにえに捧げなさいと命じた。老後の喜びだったイサクをいけにえに捧げるのは死ぬほどのつらいことだった。でもアブラハムは神を完全に信じて子供を捧げようとした。神の使いが突然現れてアブラハムを止めた。神は子供イサクの死を望まない。神はただアブラハムの信仰を試しただけである。


他の族長の話

イサクの結婚(創世記24、10-67)
イサクの子供たちエサウとヤコブの長子の特権の争い(創世記25、27-34。27、1-45)。
ヤコブの結婚(創世記29、15-30)
ヤコブは神の使いと戦う(創世記32、23-33)
ヨゼフの物語(創世記37章〜46章)。
ヤコブに12人の子がいて、下から2番目のヨゼフはお兄さんたちに憎まれ殺されそうになって、結局エジプト人へ奴隷として売られた。でもエジプトで運が開いて、エジプトの王から大蔵大臣にされた。カナンに干ばつが起こり、ヤコブの子供たちがエジプトへ食料を買いに行ったときヨゼフに出会った。彼はお兄さんたちを許して、家族の全員をエジプトに呼んで、楽に生活させた。
このことがきっかけでヘブライ人は400年ぐらいエジプトで暮らすようになった。


聖書の大事なメッセージ

1)神は人類の歴史を導いている。アブラハム、イサク、ヤコブ、ヨゼフの出来事を見て、神の働きが見えてくる。神はある民族を選び、その国民を育て、彼らを通して世界中の人に正義と平和と幸せを与えようとする。

2)神のわざは不思議で、人間に理解しがたい。色々な奇跡、人に想像もできないことがときどき起こる。神の働きは人間の理解をはるかに超えている。

3)神は忠実で約束を守るが、選んだ人を試みる。アブラハムがイサクを捧げる命令を受ける、ヤコブは家を離れなければならない、ヨゼフは大きな苦しみを受ける。選ばれた人は試練の中に神への信頼と勇気を示さなくてはいけない。

4)人は信仰をもって、神の召出しに応える。神を絶対に信頼して、自分の命を神に任せる(新約聖書、ヘブライ人への手紙11、1-39を参照)。特にアブラハムは信仰の模範としてヘブライ人の長い歴史の中にも、キリスト教の中にも讃えられている。

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4、 モーセ、民の解放と十戒のおきて
(出エジプト記、レビ記、民数記、申命記)



出エジプトの歴史

 紀元前1700〜1550年頃エジプトは弱い王たちに支配されていて、そのころ色々な遊牧民族がナイル川周辺の豊かな土地をめざしてエジプトに入ってきた。あるグループはエジプト全土を支配することもあった(ヒクソス)。ヨゼフの時にヘブライ人がエジプトに入り、そこで豊かになったのもこの時代であった。
しかしすぐ後にエジプト人の王朝が再開し、ヒクソスが追い出され、ヘブライ人その他の遊牧民は奴隷にされ、宮殿や神殿の建設のために重労働させられた。
BC1250年頃奴隷生活や重労働に耐えられなかったヘブライ人はモーセに率いられてエジプトを脱出することに成功した。そして先祖たち(アブラハム)が住んでいたカナン地方に侵入できるまで40年間シナイ半島の砂漠で暮らした。
数百年後この出来事が聖書に書かれたとき、ヘブライ人は神は彼らの苦しみを見てモーセを遣わし、力をふるって大国エジプトから彼らを救い出したと理解した。
エジプトからの脱出は神から選ばれて守られている国民の歴史の始まりとなった。


モーセと出エジプト

モーセの誕生(出エジプト1、22〜2、10)
エジプトの王はヘブライ人を抑えるために、男の子が産まれたら殺すように命令した。しかしモーセの母は殺さないで篭に入れてナイル川に流した。モーセは王妃に見つけられて宮殿の中にエジプト人として育てられた。
モーセは神から使命を受ける(出エジプト3章)
モーセはヘブライ人の仲間を助けるためにエジプト人の看守を殺したので逃亡し、シナイ半島でしばらく生活した。ある日シナイ山でモーセに神が現れ、エジプトへ行ってヘブライ人を救い出すように使命を与えた。
十の災害とエジプトの脱出(出エジプト7章〜11章)
モーセは兄アロンとともにヘブライ人を解放するようにエジプトの王を説得した。
それに応じないエジプトの王と国全体に天罰が下り、十の災害が起こった(川の水が血に変わる、蛙、ぶよ、あぶの災い、疫病、はれものの災い、ひょう、いなご、暗闇の災い、最後にエジプト人の初子が死ぬ災い)。
この後にエジプトの王はヘブライ人の出国を許し、彼らはシナイの砂漠に向かった。
葦の海の奇跡(出エジプト13、17〜14、31)
しかしエジプトの王は心を変え、彼らを取り戻すために軍隊を送った。雲と火の柱の形になって神はヘブライ人を軍隊から守り、不思議に、逃げ道を失ったヘブライ人の前に海が二つに分かれ、道が開き、彼らが通ってから追いかけていたエジプト人の上に海が戻り軍隊がおぼれ死んだ。
シナイ山でモーセは神から十戒を受ける(出エジプト20、1〜21、20、22〜23、19)。モーセはシナイ山の上で神と出会い、十戒のおきての刻んでいる板をいただいた。
モーセの十戒と説明。(出エジプト20・1−17)

神が選ばれた民ヘブライ人をエジプトの奴隷生活から解放したのちに、モーセに与えられたおきてである。

1)「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である。 あなたには、わたしをおいて、ほかに神があってはならない。」

 ここで偶像礼拝は禁じられている。これは現代に考えて見れば、私たちはいつも神から愛され、毎日生かされていることを忘れ、神への信頼を失うこと、お守りや占いに頼ること、または財産のため、名誉のため、面目のために心の自由を失うことが「他の神」を立てることになるであろう。

2)「あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。」

ここでは冒涜の言葉もそうだが、神のみ旨が何であるかを考えず、神の名を立てて自分の都合をよくする振る舞いが問題になる。宗教戦争もそのようなものであるが、神の名を唱えて他人に自分の考え方を押し付けることもこれに当たる。

3)「安息日を心に留め、これを聖別せよ。六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、七日目はあなたの神、主の安息日ですから、いかなる仕事もしてはならない。」

人間が健康で、落ち着いて、幸せに生きるために休みは絶対に必要である。仕事の疲れとストレスで性格が暗くなり、いらいらして自分も周りの人をも不幸にしてしまうことが時々ある。休みを大事にして体と心の疲れをいやし、教会で祈りをして新しい力と勇気を得ることが勧められる。

4)「あなたの父母を敬え。そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生きることができる。」

長寿を得るために父母を敬うことが命じられる。現代の老人の孤独な様子を見ると反省させられる。社会現象であるかのごとく年寄りの親を無視するなら、自分の老後が心配になるはずである。家族の大切さ、夫婦同士の関係、親子の関係、年寄りに対するいたわりが勧められる。

5)「殺してはならない。」

殺人、自殺あるいは、喧嘩やむちゃな運転による交通事故で人にけがをさせることはもちろんしてはならない。人を殺したり、けがをさせたりしなくても、悪口、告げ口などで名誉を傷つけること、言葉や動作でいじめること、差別すること、また人が困っている時や苦しい時に冷たく無視することも、憎しみやねたみも、みんな人を殺すと同様である。
命の尊さを教えるこの戒では戦争、殺人と正当防衛、テロ活動、胎児の堕胎、安楽死、自殺などが問題となる。また健康や命を損なう酒、たばこ、麻薬、覚醒剤の問題もある。

6)「姦淫してはならない。」

テレビや雑誌で見る限り、快楽は楽しいものであり、不倫や結婚外の性行為も認められているかのように表現されているが、欲望を満たしても幸せがつかめるとは限らない。動作、言葉、思いに現われる性欲をコントロールするのは人間として価値の高いことである。

7)「盗んではならない。」

人の物を盗んだり、人をごまかして利益を上げたり、自分の立場と権限を利用してお金などをもらったりすれば確かに金持ちにはなるが、心の平安と幸せは保証されない。その上、人を苦しめ、世間を汚すことになる。国同士の経済関係にも関係している。ある国が豊かに、ある国がますます貧しくなるのはなぜ?

8)「隣人に関して偽証してはならない。」

偽りはその人の生き方、考え方が誠実でないことを示すし、人間同士の信頼関係を壊すものだ。偽りの証言によって人の名誉を傷つけたら、ゆるしを得るためにその人の名誉を回復することに努めなければならないのである。

9ー10) 「隣人の家を欲してはならない。隣人の妻、男女の奴隷、牛、ロバなど隣人のものを一切欲してはならない。」

不倫の行為と盗みはみんな心の中で始まる。強い欲望から実際の行為に移ることは易しいが、自分のもので満足することは幸せへの道なのである。清い心は自由な心である。正しさ、平穏、美の感覚、想像力、正しい判断は清い心から生じる。


シナイ半島での色々な出来事

神は食べ物(マナ、16章)と飲み物(岩からの水、17章)を与える。
契約の儀式(24、1-8)。神の幕屋の建設の指示(25〜31章)
金の子牛の事件(32章)。モーセの顔の光(34、29-35)。
神の幕屋の準備(35〜40章)
モーセの死(申命記32、48-52/34、1-12)

他の書の内容

レビ記は律法、特に宗教的な規定について書いている。
民数記は人口調査、12の部族の役割、諸規定やシナイ半島の砂漠での38年間の歴史について書いている。
申命記は第2の法とも言われ、約束の地カナンに入る直前になされたモーセの説教の記録である。

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5、 ユダとイスラエルの王国、王と預言者



ダビデ王

 ダビデ王は旧約聖書最大の人物である。パレスチナをヘブライ人の支配下に統一させた王である。力と人間的魅力を通してパレスチナ人とヘブライ人を一つの国にまとめた。

ダビデ、油を注がれる。 (サムエル上、16章)
ダビデ、サウル王に仕える (サムエル上、16、14ー23)
ダビデとゴリアテの決闘 (サムエル上、17章)
ダビデに対するサウル王の敵意 (サムエル上、18章)
ダビデの逃亡、ヨナタンとの友情 (サムエル上19〜20章)
ダビデはサウルを寛大に扱う (サムエル上26章)
ギルボア山でペリシテ人との戦闘、サウルとヨナタンの死 (サムエル上31章)
ダビデはイスラエルとユダの王となる (サムエル下5章) 
神の箱をエルサレムに運ぶ (サムエル下6章)
ウリアの妻バト・シェバとの関係、ソロモンの誕生(サムエル下11〜12章)
反省の祈り (詩編51)
アブサロンの反乱 (15〜18章)
ダビデの死 (列王記2章)

 ダビデ王は若い時から神に選ばれ、優れた力と才能を見せた。上司サウル王を尊敬し、その子ヨナタンを最高の友人として愛した。サウルの娘を妻として非常に愛しても、他人の妻バト・シェバと恋して子供が産まれた。バト・シェバをものにするためにその主人をも殺させた。最高の人が最悪の罪を犯したけれども、心から反省した。神に許され、40年間イスラエルの国を治めた。でもその人生から不幸が絶えず、息子アブサロンの反逆を見、その息子の死を見届け、勝っても負ける異常の苦しみを味わった。
聖書はこの人のすばらしさと欠点をなにも隠さずに見せ、神に従い、神とともに歩む人の見本として見せてくれる。


ソロモン王

ソロモンの知恵 (列王記上3章)
ソロモン王の死後、彼の王国は分裂した。より豊かな北部(イスラエル)が南部(ユダ)から独立し、旧来の対立が再び現れたのである。宗教的に見れば、この分裂により北部の制度・習俗がなおざりにされ、前720年アッシリア王サルゴン2世によって滅ぼされる原因となった。(列王記下17)


預言者

 預言者(神の人)は神から召し出された者。神の息吹を受けて、神に代わって人々に語る者。(サムエル上3章、イザヤ6章)

1、王の顧問として社会の堕落を戒める。
2、他の宗教の崇拝から、正しい信仰を守る。
3、神殿や祭儀の形式的な宗教より、心の宗教をうったえる。
4、神の変わらない愛、救い主の到来、永遠の平和を語る。
注意。「予言者」との違い。

サムエル。 士師時代から王国時代にかけて(BC1030-990)活躍した。
最初の王サウルを選び、その後ダビデを王にした。サムエル記を著した。
エリア 北王国イスラエルのアハブ王の時代(869-849)。
フェニキアの神バアル崇拝者と戦って正しいヤーウェの信仰を勧めた。
色々な奇跡を行った。最後は空を飛ぶ火の車輌にひっさられて天に消えた。(列王記上17-19章、列王記下2章)
エリシア エリアの弟子(BC 9世紀)(列王記下4〜5章、13章)

北王国イスラエルの預言者:

アモス (BC8世紀) 牧者であり(1:1)農民であった(7:14)。
社会的堕落をはげしく攻撃する。(アモス8、4-8)
ホセア (BC750-725) 神の不変の愛を語る。愛する人に裏切られても愛し続ける神の姿を現す。(ホセア1章、11章)
その他に:アッシリアのニネベで活躍したヨナ(ヨナ書)

民族の宗教的中心を国内にもつユダ王国は、よく信仰を保持し、アッシリアの圧力にも拘わらずその独立を保つことに成功した。神はユダ王国に二人の偉大な人物を使わされた。それは預言者イザヤとエゼキア王である。前者はその霊感を受けた宣教によって、後者はその賢明な政治によって王国と宗教とを救ったのである。

南王国ユダの預言者:

イザヤ (BC740-700) ユダ王国の最初の大預言者。
ヘブライ人に対する神の愛(ブドウ園の話し イザヤ5章)
神のしもべ、救い主の歌 (42章、49章)
永遠の平和 (2、1-5。11、1-10、35章)
ミカ (BC725-700) 正しい信仰は捧げ物や儀式ではなく、正しい生活、慈しむ心、謙遜になって神に従う生活に現れる。(ミカ6、6-8)

その他に:ナホム、ハバクク、ゼファニヤ

前586年ユダ王国もまた、バビロニアの支配下に入った。ナブコドノゾル王はすべての名士たちをバビロンに連れ去り、預言者エレミアはエルサレムの不幸を嘆いた。すべては失われたかに思えたが、流浪の地にあっても神はその民を見捨てることはなく、彼らを約束の地へ帰還させようとされた。

敗北(BC586)とバビロニア捕囚時代の預言者:

エレミア BC626年に神の体験をする。(エレミア1章)
政治家の愚かさと宗教家の無能を攻撃した。(5章...)
神殿や祭儀の形式的な宗教より、心の宗教を力強くうったえた。(7、21-34)。

エゼキエル (BC592〜) 捕囚としてバビロンに移住させられて、そこで活躍した。国の滅亡を体験しても回復の希望をささえる。祭司の一人としてヘブライ人の運命を静かに考え、内面的なところを強調して、後のユダヤ教に大きな影響を与えた。
(エルサレムへの神の審判:16章。帰還の希望、新しい生活、新しい心:36章。永遠の命、復活の希望:37章)

ダニエル このものがたりはバビロニア捕囚時代を背景にしているが、マカバイ時代(BC2世紀)に書かれたようです。迫害の中でも信仰の強さを讃えている。(ダニエル6章)

その他に:オバデヤ、ハガイ、ゼカリヤ、マラキ。

 預言者の時代の後も神はその息吹を注ぎ、人々に語る(新約聖書、救い主イエスキリストとその使徒たち、教会の聖人)。神を信じてキリストと一つになる者は神の息吹を受けて、預言者の資格をもっている。
キロ大王は前538年バビロニアを征服して後、有名な「捕囚解放の布告」を発した。これによって祖国に帰ったイスラエルの民は神殿の再建から復活作業を始めた。
アレキサンダー大王(前332-323)は歴史を電光のように駆け抜けたが、それ以前には見られなかったような力強さで、強大なペルシア帝国を含め、すべての民族・国家を支配下においた。しかし10年経つか経たないかで彼は、生国のマケドニアからナイル川の源流に及び、遠くはインドと境を接する大帝国を残したままなくなった。

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6、 ヘブライ人の詩と知恵文学



 ヘブライ人の知恵ある人は若者に人生の色々な経験を伝えて、色々な問題や悩みを乗り越えて解決するために、残した教訓の言葉である。中に特にダビデとソロモン王の名前がよく出て、人生の意味、命の始まり、幸せを得ること、苦しみの問題、善と悪は何か、死後の世界などについて書かれている。古い時代から口で伝えられ、いつの間にか詩、ことわざ、歌などの形に記録されて、ヘブライ人がバビロンから開放されて国を再建する時に最終的に編集された。
「ヨブ記、詩編、箴言、コヘレトの言葉、雅歌」の五つの本である。


1) ヨブ記 「苦しみの問題」

 ヨブ記は対話の形で書かれた詩であり、人生の苦しみの意味を探る。ヘブライ人の考えでは、正しい生活をする人は神から祝福され、裕福で幸せである。罪人はその罪の結果のために不幸になり、その不幸は子孫にも及ぶ。しかし他国に敗北して奴隷にされたヘブライ人は正しい人も苦しむことを体験した。それはなぜ起こるかを考える。
ヨブ記の著者は不明で、7〜5世紀の間に書かれた。

@、神を信じるヨブは祝福され、裕福であった(1章)。

A、悪魔は彼を試そうとして色々な災いを送る(2〜3章)。ヨブは財産、家族、すべてを失い、ひどい皮膚病にかかってみんなに見捨てられる。

B、3人の友達がヨブを尋ねて、苦しみについての論争が始まる:(3人の話しとヨブの答えは3回繰り返される)。それぞれヨブに話し、ヨブの不幸はヨブの隠れた罪のせいだ、それを素直に認めれば神は許してくださるだろう。ヨブは罪などは犯していない、他の意味があるはずだと主張する。
1、エリファズの話し 4-5, 15, 22章   ヨブの答え 6-7, 16-17, 23-24章
2、ビルダドの話し 8, 18, 25章   ヨブの答え 9-10, 19, 26-31章
3、ツォファルの話し 11, 20章     ヨブの答え 12-14, 21章
4、エリフ、若者の演説 32-37章
5、ヨブは神に自分の苦しみを訴え、その答えの中に満足を見いだす 38-42章 
ヨブは神の言葉にその偉大さと自分の小ささを見る。疑問の答えにはならないが、神にすべてをゆだねることができる。

C、ヨブの正しさが立証され、すべては元通りになって、また幸せな人生を送る。


2) 詩編 「祈りの詩集」

 詩編は祈りの詩集。苦しみ、喜び、賛美、希望、反省、人間の感情と経験のすべてを表現した祈りである。主に神殿の典礼で歌われるために作られた。
詩編はダビデ王(BC1010-970)とソロモン王(BC970-931)を中心に数百年の間に作られたもの。各詩編に歌い方、作者と作ったきっかけが最初に記録されている。

詩編の分類:
* 神の性格と行為を讃える: 8, 19, 29, 136
* 国家の不幸を悲しむ国民: 44, 74
* 王の生涯の特別な出来事: 2, 18, 20, 45
* 個人的な哀歌: 3, 7, 13, 25, 51, 42
* 個人的な感謝: 30, 32, 34


3) 箴言 「若者を導くことわざ」

 箴言はただの名言集ではなく、賢明な思想を繰り返し語ることによって、若い人々に知恵と正しい生活を教える、東方の教科書である。なにが善、なにが悪、知恵は神を敬い、その律法に従うことである。
編集はイスラエル王国の初期時代である。(ソロモン 970-931)
知恵と愚かさ 10, 12章。  正しい者と悪い者。  言葉と舌。
家族 13,19-28 31,10-31。 怠惰と勤勉。 愚かな女と有能な妻 9,13-18. 31,10-31


4) コヘレトの言葉 「人生の無常を悟る」

 コヘレトは職名:伝道者、ソロモンのペンネーム?
人生全体をありのままに観察して、それは空しいものだ。神無しに生きる人生は無益で、無意味で、空虚である。神の計画がわからなくても神を恐れてそのみ言葉に従うことだけに人生の意味がある。
1、1-11、  3、1-8、  12、1-14


5) 雅歌 「愛の歌」

 雅歌は男女の愛の美しさと不思議さを讃えている。ソロモンの歌と書いてあるが、これもバビロン捕囚の解放の後に書かれたものらしい(BC500)。
田舎の娘と王が恋するところ、恋人がお互いに求め合うところを描いている。
結婚の歌とも言われ、愛、結婚、家族の大切さを表している。
1〜4章。

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7、 イエス・キリストの生涯



イエスの時代のパレスチナ

* 政治的にはローマの領土だった。パレスチナ人のヘロデ王がいたがローマの総督は全体をコントロールしていた。
* 宗教の指導者として:祭司(神殿で儀式を行っていた)、レビ人(祭司の補佐役)と律法学者(聖書を教え、会堂の指導者。ファリサイ派とサドカイ派が主だった)。これらは最高議会をもって、一般の裁きも行っていた。
* 一般社会には裕福な生活をしていた貴族と税金取り(やくざのような人)の他は順に商人、農民、漁師と羊飼いがいた。苦しむ人も多かった(未亡人と孤児、病人と障害者、精神病、悪霊に悩まされていた人、らい病者など)。敵ローマの圧迫と色々な苦しみから、預言者が約束した救い主(メシア)への期待は大きかった。


4つの福音書

イエスの生涯の情報とその教えは4つの福音書から得られる。
マタイ:40-70年にイエスの弟子だったマタイにより書かれ、ユダヤ人向けで、イエスは旧約聖書で予言された救い主であることを証明しようとする。
マルコ:30-60年にペトロの弟子だったマルコにより書かれ、ローマの教会に当てられる。イエスの現実の姿と活動が中心で、苦しみを通して栄光に至る救い主を示す。
ルカ:パウロの友だちだったルカは40-70年にギリシャの世界で第3の福音書を書き、イエスの愛と優しさ、奇跡と教えを通して救いが実現することを示す。
ヨハネ:イエスの一番若い弟子ヨハネは 90-110年に他の3つを補うつもりで第4福音を書いた。イエスは神の子、人間となった神であることを中心と記す。


イエスの子供時代

イエスは処女マリアの子で、BC4年頃人口調査の時に、ユダヤのベツレヘムで生まれた。
子供時代についてマタイとルカはいくつかの物語を残した(マタイ1ー2章、ルカ1ー2章)が、マルコとヨハネは触れていません。小さいときは普通の子供で、大工の息子としてガリラヤのナザレで過ごした。
宣教活動の前に砂漠で修行した(マタイ4、1-11)(死海文書を残したエッセヌ派との関係も考えられる)。西暦27年に、ヨルダン側で洗礼を授けていたヨハネに会って(マタイ3、13-17)、清めの洗礼を受けてから12人の弟子を集めて(マタイ4、18〜5、12。10、1-15)、公の宣教活動を始めた。


3年間の宣教

最初はガリラヤを中心に神の国の教えを広げた。神の国(理想的な世界)はとっても近いものだ、人が心を変えて悪と憎しみを捨てて隣人を愛すれば、世界は変わるのだ。この教えをわかりやすくたとえ話で伝え、不思議なしるし(奇跡)で多くの人を納得させた。でも彼が厳しく批判していたユダヤ教の指導者とトラブルが深くなり、ガリラヤを離れて、フェニキヤやサマリア地方、やがてユダヤの方へ活動を移した。(マタイ12、9-14)
3年目(西暦30年の春)、過ぎ越しの祭りのためにエルサレム訪問の時に一時民衆から救い主として迎えられた(マタイ21、1-11)が、祭司と律法学者から逮捕され、死刑(十字架の張り付け)にされた。(マタイ26、47〜27、66)


イエスの死の原因

イエスはわずか3年で宣教活動を閉じた。とっても魅力的な方で、しばらくその知恵と不思議な力のために人気の絶頂に立った。でも彼は奇跡を求める民衆に「心を変えて悪を捨てなさい」といい、ローマと戦って自由な国を造ろうとしていた熱心党の人(パルチサン)へは「憎しみを捨てて敵をも愛しなさい」と言った。
ユダヤ教の空しさを厳しく批判し、自分を救い主と主張したがユダヤ教の指導者に認められなかった。彼はヘブライ人が持っていた救い主のイメージ(ダビデのようなすばらしい王としてローマ人を追い出して新しい国を造る強い方)とあまりにも違っていて、期待はずれの救い主であった。でも彼は死ぬことを神から与えられた自分の使命として受け入れた。死は新しい命に入るための門であることを知っていたからである。


イエスの復活

イエスが亡くなって三日後に、納められていた墓から消えた。その後何回か弟子たちに現れて、みんなを力づけた。死は終わりではない、新しい命が待っている。でも彼の体は普通ではなく、みんなと一緒に食べたり、触ってもらったりしていても、時間と空間に束縛されず、自由に瞬間的にどこへでも移動できる体であった。(ヨハネ20−21章) そして天の父のところへ戻ると言って、弟子たちが見ている前から離れて、宙に上がって、雲の中に消えた。(使徒言語録1、3-11)
弟子たちは彼がいつも信じる人と一緒に生きている永遠の存在、宇宙の初めから神とともにおられる御子、人間の姿をとった神、すべての人に救いをもたらすみ言葉であることを理解した。(ヨハネ1、1-18; フィリピ2、6-11)

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8、 イエスの教え:神の国と愛



神の国のたとえ話

 イエスは「神の国」を中心に教えを展開した。「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(マタイ4、12-17。マルコ1、14-15。ルカ8、1)。預言者たちが約束した新しい世界、理想的な世界、平和と幸せの世界(イザヤ2、2-5; 11、6-10)は実現可能。人々から遠いものではない、すぐ身近にある。人々が心を換えれば、世界全体が変わる。イエスは色々なたとえでこれを説明した。

1)悪の力が邪魔しても神の国は確実に育つ。
畑に種をまく人(マタイ13、1-23)。 
毒麦のたとえ、からし種とパン種のたとえ(マタイ13、24-43)。

2)努力して、いつも準備していなさい。
狭い戸口(マタイ7、13-14)。
神の国の幸せを表す大宴会にみんな招かれているがふさわしい人は少ない(マタイ22、1-14)。
10人の乙女たち(マタイ25、1-13)

3)いつも自由な心を持って、物や財産に執着しない。
愚かな金持ち(ルカ12、13-21)。
金持ちとラザロ(ルカ16、19-31)。
金持ちの青年(マタイ19、16-24)。
思い悩むな(ルカ12、22-34)。

4)新しい生き方:山上の説教(マタイ5、1-12)


愛とゆるし

1)神の無限の愛と慈しみに習う。

見失った一匹の羊、落とした銀貨、放蕩息子と優しいお父さん(ルカ15、1- 32)
徴税人のザカイ(ルカ19、1-10)
善いサマリア人(ルカ10、25-37)
最後の審判 (マタイ25、31-46)(神の裁きは愛を問う)
新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい」(ヨハネ13、34-35)。
「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」(ヨハネ15、12-15)。

2)神の愛の現れ:罪のゆるし。

腹を立ててはならない (マタイ5、21-26)
復讐してはならない、敵を愛しなさい (マタイ5、38-48)
人を裁くな (ルカ6、37-42)
仲間をゆるさない家来のたとえ (マタイ18、21-35)
イエス、罪深い女をゆるす (ルカ7、36-50)
姦通の女をゆるす (ヨハネ8、1-11)

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9、 奇跡、神の働きのしるし



 イエスは教えているとき、そのときそのときの必要に応じて、または人に頼まれて多くの不思議なこと(奇跡)を行われた。分類して分けてみると:

1)病人をいやす: 
障害者(マルコ1、29-34)  らい病者(ルカ17、11-19)
悪霊にとりつかれた人(一部は精神病?)(マルコ9、14-29)

2)死人をよみがえらせる。
友人のラザロ(ヨハネ11、1-44) やもめの息子 (ルカ7、11-16)
12歳の少女(マルコ5、21-24; 35-43)

3)自然の法則を越えた出来事:
カナのぶどう酒(ヨハネ2、1-12) 嵐を沈める(マルコ4、35-41)
湖上を歩く(マタイ14、22-33) パンを増やす(ヨハネ6、1-15)

4)イエスご自身の不思議な誕生(ルカ1、26-38)とイエスの復活と昇天
(マタイ28、1-10)(マルコ16、1-8; 19-20)(ルカ16、1-8; 使徒言行録1、6-11)(ヨハネ20章)。


 奇跡は真実だろうか。これを疑って物語だと言う人もいる。しかしこれを書いた人は信頼できる人であり、物語としてではなく、自分たちが体験した不思議な出来事として書いている。
逆に言えば自然の神秘をほとんど知らない私たちが、わからないことをかんたんに否定してしまうことは高慢ではないか。物質とエネルギー、体と心の関係を今人類は触れようとしている。過去にも色々な例があるように、今わからないことは将来わかることもあるだろう。
神は奇跡を通してご自分の存在と救いの働きを人に表そうとする。不思議なしるしを通して人を信じさせてご自分に引き寄せる。イエスキリストの行い、また時々起こる聖人の奇跡は、すべて神の働き、神からのしるしだと教会は考えている。

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10、 初代教会とパウロの宣教



使徒言行録:
パウロの弟子だったルカによって書かれ、62年に完成された。キリストの復活や昇天の後、使徒たちの熱心な宣教活動とキリストの霊の働きによってどのように教会が誕生し、広がっていったかを語る本である。

聖霊が降る(2、113):
イエス・キリストの霊に強められた使徒たちは宣教を始め、教会が誕生する。宣教のメッセージ:イエス・キリストは復活して生きている。彼を信じれば救われる。

信者の生活(2、4347;4、32-37):
信者は共同生活し、財産を分かち合い、熱心な祈りとパンを裂く式(ミサ)を行い、民衆の好意を受ける。
ユダヤ教からの迫害:使徒たちに対する迫害(5、1742)
ステファノの殉教とエルサレムの教会に対する迫害(7、54〜8、3)。
信者はシリアのアンティオキアに避難する。ヤコブの殺害とペトロの投獄(12、119)。

サウロ(パウロ)の回心(9、1-19):
熱心なユダヤ教徒としてキリスト教を迫害していたサウロはイエス・キリストに出会い人生が変わって、偉大なキリスト教の宣教者になる。名前をパウロに改める。
パウロの宣教旅行:パレスチナ以外にもたくさんの教会が創立され、パウロは遠くにいても手紙によって指導する。
第1旅行:バルナバが同行して、シリアのアンティオキアから、キプロス島、ピシディア州、またアンティオキアへ帰る。(13〜14章)
エルサレムの使徒会議(15、135)キリスト教はユダヤ教から離れていく。(キリスト教に加わるものは、ユダヤ教の律法と慣習に従わなくていいと決まる)
第2旅行:テモテとルカが同行。ルカはこの旅の途中からローマまでずっとパウロに同行する。アンティオキアからキリキア州、フリギア州を通して、マケドニア州やギリシャを訪ね、エフェソに渡る。船でカイサリアに着き、エルサレムを訪ねて、またアンティオキアへ帰る(16、1〜18、22)。
第3旅行:第2旅行と同じところを訪ねて、創立されていた教会の信者を力づける(18、23〜21、26)
パウロの逮捕とローマへの旅(21、27〜28、31)。パウロは逮捕されて、ローマ市民の権利を利用して、直接皇帝から裁かれるためにローマへ連れて行かれる。これはローマ教会の誕生のきっかけとなる。

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