きかよん 1991.11  No. 2

ヨナ4・6
すると主なる神は、彼の苦痛を救うために、とうごまの木(きかよん)に命じて芽を出させた。とうごまの木は伸びてヨナよりも丈が高くなり、頭の上に陰をつくったので、ヨナの不満は消え、とうごまの木を大いに喜んだ。

 

 


 IL PLEUT (雨が降ります)

                                 フイリップ

  雨が降ります。もう何日も前から。私はカーテンを閉めて部屋に閉じ込もりました。今日は雨以外のことについて考えて過ごすことにします。

 それでも出かけなければならない時は、かっぱ、ブーツ、傘と雨に濡れないように完全な支度をして出かけます。右、左に目もくれず、出かける目的だけ思いながら歩きます。心の中では雨を恨みながら。「雨よ、皮膚にさわるのを絶対に許さない」と。

 雨が降ると働くのも大変です。積んだり降ろしたり、穴を掘ったり、修理したり、本当にいやになります。この雨が現場の仲間になるのはごめんです。それで私はせき立てられて雨の降らない屋根の下に逃げこみます。スケジュールがめちゃくちゃになりますから、怒りの感情が起こります。雨は本当に邪魔者。私の中に妬みよりももっと強い軽蔑と無視の感情が起こります。 

「雨のないところにいよう。避けられないのだから背を向けても仕方がない。あなたはわたしの邪魔ばかりする。そうだ、雨を亡きものにするために溺れさせて殺そう。」

『雨も雪も、ひとたび天から降ればむなしく天に戻ることはない。それは大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ種を蒔く人には種を与え、食べる人には糧を与える。そのように、

わたしの口から出るわたしの言葉もむなしくは、わたしのもとには戻らない。それはわたしの望むことを成し遂げわたしが与えた使命を必ず果たす。』(イザヤ551011

 私は自分の心に呼びかけました。

「私の心よ。怒り、無視、軽蔑のままでいるのか。いつまでも思いわずらうのか。雨のせいで孤独でいるのか。そうだ。今日の雨は大地と種と二租蒔く人に役に立つだけではありません。わたしにも必要なものです。怒りを追い出しましょう。私はいままで糧として怒りを食べていました。雨はしるしです。今日の雨は私の心の狭さを現しました。けれども

イザヤの言葉がいうのは雨はあなたの知らない友だちということです。もし私が雨を迎えたら、雨は空に戻るとき私をそこへ一緒に連れていきます。あぁ、このように雨を降らせて私に合図を送ったのは誰でしょうか?」

 私は、その友だちが与えてくれた賜物について喜びの心で感謝にあふれ、みんなに話しはじめます。

      


キカヨンについて

 

キカヨンというのはどういう意味でしょう。あなたは聖書のヨナ書46節を開けてみましたか。『主なる神はヨナの苦痛を救うためにとうごまの木に命じて芽を出させられた。とうごまの木は伸びてヨナよりも丈が高くなり、ヨナの上に陰を作ったので、ヨナの不満は消え、このとうごまの木を大いに喜んだ。」

キカヨンとはヘブライ語でとうごまの木のことです。それでこの通信の題字にヘブライ語の文字で書いてあります。

われわれはヨナのように疲れて、孤独に腰掛けています。回りの出来事や他の人のことがうまく理解できません。この通信がとうごまのようになればいいと思います。この通信を通して友だちがもっと近く感じることができるようになれば素晴らしいことです。お互いにキカヨンのように良い陰を作りましょう。友だちは私たちに与えられた恩恵です。もしそれらを忘れるなら虫が来てキカヨンを食べてしまうかもしれません。(ヨナ478節)


KIKAYON NEWS

 

音楽の集いがグレゴリオの家で開かれました

810日グレゴリオの家でMOPPに集まっている人の中で音楽の才能のある人たちが素晴らしい歌と演奏をしてくださいました。私にとっては親子で合わせるのはこれが最後になるかもしれない・・・という複雉な気持ちの演奏となりました。VENT SANCTE SPRITUSでは、本当に聖霊が下ってくるのではないかという思いで演奏でき、感激でした。とてもよかったので来年の春にまた行うことになりました。(奈須貢由紀子)・・・奈須さんは1110日に結婚され脇田さんになられました             (4面に読く)

  


   モザンビーク訪問の記1991年8月5日−8月19日)

 

 モザンビークのマリオに出会ったのは11年前、パリの語学学校だった。紹介を受けたとき、彼の国がどこにあるのか知らなかった私は、決まり悪い思いをしたのを覚えている。私は1年後に帰国し、神学生だった彼は、帰国後1985年に神父として叙階された。彼からの便りは苦難の中にある同胞への思いに満ちていたが、いつも最後にはその同胞について誇らしげに書き、是非一度モザンビークを訪ねるようにと結んであった。

 長い間ひるんでいたのに今年はその招きに応じようと決心したのは、彼と彼のおかれている状況を理解したいという望みが強くなっていたことと、ジユリアーノ達イコンを作るグループの方々が、今年の収益をモザンビークヘ向けるといってくださったからだった。

月に1MOPPの家に集まる人たちによって作られたイコンは、日曜日ジユリアーノ達によって、あちこちの教会で売られた。

 85日、彼らから預かった支援金をシャツに縫いつけて出発した。マリオは、内戦のため毎日農村地帯から逃げてくる人々で膨れ上がっていく、ナンプラという街の郊外に住んでいた。何度か歓迎会をしていただいたとき、私がいつも集まった人々に感謝しつつお話したことは、『ここに立っているのは私一人ですが、実はたくさんの友人達も私と一緒にここにおります。そして皆さんのことを知りたがっています.・‥』ということだった。時に数百人もの人々が集まり、美しい歌と踊りで迎えてくださった。短い滞在期間であったが、モザンビークの人々によって深く印象づけられ学んだことは多く、できる限りのことを、別の機会にお伝えしたいと願っている。ここでは紙面も限られているので、どのように贈られたお金が使われるかと、現状の背景について少しだけご報告させて頂きたい。

プロジェクト マリオの望みは、同胞達が自身についての誇りを取り戻すこと、そして「自立」することだった。誇りを取り戻させることについての望みの切実さは、モザンビークが他民族に支配され、搾取され続けた歴史と現代も続く人種差別の問題を身近に感じない限り、理解することができない。「一番僕たちが必要としているのは本当の友情と尊敬、理解です。お金は、それに込められているくださった方々のお心とともに深く感謝していただきます」ということだった。

「自立」を基本目標におく彼は、ただお金や物を配ることを嫌った。実際不足しているものは多く、必要としている人は数かぎりなかったので、たとえ配ってもそれだけで終わってしまったからだ。そういう態度をマリオは、冷たい愛だといった。そして緊急に必要とする事情がある人が出た場合以外は、次のようなプロジェクトのために使おうとしていた。

1)縫製工場 4台のミシンがすでに、パリ時代の友人たちのひとりから寄贈されていた。糸もたくさん購入済みで、手先の器用なメンバーの一人が黙々とミシンと取り組んでいた。後は場所づくりと、技術訓練だ。2)脱穀場 風車の機械も既に調達されていた。リーダー格の青年が、このプロジェクトに必要な品目のリストを持ってきたが、半分に減らすよういわれていた。既に購入した土地も見せてもらった.3)靴の工場 ジュリアーノの求めに応じて、この工場の簡単な見取り図が日本に送られてきていた。適正な値段で買える靴がいるのは、滞在中よくわかった。4)娯楽施設 それぞれ辛い体験を経て村から逃げて釆た人々のために気を紛らせ楽しませることを考えていた。身体ばかりでなく精神的にも深く傷ついて、精神病にかかる人が多いのだという。音楽、楽器、ビデオ等があり、毎週一回ビデオ・フィルムの上映会をやっていた。5)その他 訪問者を迎えるための場所と設備。アイスクリームを作る仕事。困っている人々のために働く若者のグループの教育。

 マリオ達は奮闘していたが、主旨を理解し一緒に働く「人」があと一人か二人でもいたら、どんなに多くのことが実を結ぶだろうかと強く感じた。

 モザンビークの現状 限られた期間に限られた人々から聞いたことであるが、現状の背景について帰国してから調べた結果と照らしても、大体あたっていると思われることを述べると、1)外国の過去、現在にわたる搾取、2)善意ではあるが配慮の足りない援助による弊害、あるいは援助という名目の搾取、3)政府の政策の失敗と全ての機関、組織に蔓延す

る腐敗、4)現在の混乱から利益を得る少数グループの存在がある。確かに戦争は通常の生産活動を不可能にさせ、農民はゲリラの攻撃を恐れて夜は、草むらに隠れて眠るはどだが、戦争が終わっても事はすぐ良くならないという人々がいたのは、これらのためである。

またゲリラはさまざまな思惑を持ったグループやただの盗賊と化したグループも混じって、混乱状態にあるので、昨年より始められた内戦締結交渉についても悲観的な見方をする人が多いようだった。

 滞在中、彼らの苦難に思い心は重かったが、一緒に良く笑い、太鼓のリズムにのってたくさん踊った。マリオ達との生活体験は、「他者との連帯」という事に関連して、結果的に自分自身の生活と自分の国について振り返らざるを得なくさせるものだった。自分達の生活を見直し、少しづつ変えていくことの中に、実は彼らとの本当の連帯も始まるかも知れない。人間的な弱さから生じる諸々の現実、極度の困難の中に身を置きながらも、同胞の持つ豊かさをはっきり知り、真実、誇りを持っている彼らを前に考えた。距離を置いて、ただ貧しさに同情する者には、その共同体の「豊かさ」を認め、味わい、喜び合う機会があるだろうか?そしてこの旅で、多くを与えられ、助けられたのは、私自身だったと気づいた。

 支援金づくりのためにイコンを作られた方々、それを売ってくださった方々、そして買ってくださった多くの方々に、またこの旅行のために励まし、お祈りくださった方々に、モザンビークの友人達とともに深くお礼申し上げます。

                        (199110月 本宮 栄子 記)

 


イコンをつくるグループ

貧しい国の因っている人々のためにイコンを作っているグループです。人数は少ないですが、大体毎月一回土曜日に集まり、イコンの写真やリトグラフを切り抜き、板に張り、周りの色を塗り、全体にニスを塗るという仕事をします。デザインの仕事をしているSさん、普段は銀行に勤めているKさんは、イタリアが大好きでイタリア語を勉強をしていますが、仕事のこととまったく違うことをせめて月一回ぐらいはしたいと思い、このことを始めました。やっているうちにイコンの奥深い魅力にも触れて、一時はやめそうな時もありましたが、もうかなり長いこと続けています。日曜日にはあちこちの教会にここで作ったイコンを売りに行きます。小さな活動ですが、これまでに集まったお金はとても大きなものでした。一緒にやってみたい人や興味のある方はご連絡ください。

  


聖書の旅    アブラハム・アヴィヌ       調布  深堀 明子

 915日、16日と、台風の接近で心配されていた「聖書の旅」を無事に行うことができました。私は、今回の「聖書の旅」は2回目で、5月の連休に引き続きの参加でした。福祉の勉強をしている私は、施設実習の合間での参加で、5月の時より新鮮で、静かに歩きながら黙想できました。実習を残している者に、励まし、勇気を与えてくれるものでした。

悪天候のため、参加人数が減ってしまい、小規模でしたが、ジユリアーノさんの聖書のお話、フィリップさんの御ミサといつもながらの素朴さに感動の連続でした。

 まず最初の話しは「聖書の旅」と聖書についてでした。「聖書の旅」は人生の旅をまねするものです。知らない人と出会い人生の旅を深く感じて大事にするために一緒に歩きます。聖書は神様が書いた本であって、神様について書いた本ではありません。聖書を読む人は「神様とはだれ?私はだれ?隣の人はだれ?どうして生まれたの?どうして苦しむの?」

という大切な質問の答がわかってきます.聖書を読むのは「主である神の足元に座って神の声を聞く」ことなのです。

 そして今回のテーマはアブラハムについてでした。「主はアブラムに言われた.『あなたは生まれ故郷、父の家を離れて私が示す地に行きなさい。私はあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める。祝福の源となるように。あなたを祝福する人を私は祝福し、あなたを呪うものを私は呪う。』アブラムは主のことばに従って旅だった。」

(創1213)神様はアブラハムに「行きなさい。あなたのために行きなさい」と呼びかけています。今日、神様はどういう風に私たちに呼びかけるのでしょうか。「主は(神様を知らなかった)アブラムに言われた」ということは「主は私に言われた」ということです。今日は神様が聖書の言葉で私たちに出会うひとつの機会です。

 アブラハムは100歳になるまで子供がいませんでしたが、出発すれば子供ができ「大いなる国民」となる、と言われました。その言葉を信じたのでアブラハムは子供を与えられました。信仰はとても力があるものです。アブラハムはお父さんのように信仰の道をひらく方です。だから聖書では「アブラハム・アヴイヌ=アブラハム、私たちの父」と呼ばれています。「望みえない時に望みをいだいて信じた」というのはアブラハムの特徴です。

聖書においてアブラハムのことを読みながら同時に私たちのことを読むということです。私たちも信仰によって神様を愛することができるのです。アブラハムのように失敗して倒れ、また立って歩きます。神様と共に。アブラムは神様の言葉に従って行きましたが、国を出るのは社会的な自殺と同じことでした。父の家を離れ、親族を離れると、だれも守る人がいないのです。その上「私が示す地に行きなさい」といわれても、どういう土地なのか全くわかりませんでした。けれども、このやり方は愛である神様のやり方です。「まかせる人は愛せる人です。まかせない人は愛せない人です。」神様が何を望んでいるのか、わからなくても探すことが出来ます。神様はアブラハムが神様を愛するチャンスを与えました。探しに行くときアブラハムは神様の友となったのです。神様の好きな土地を探しあてた時、「主はアブラムに現れて言われた」(創127)とあるように神様との出会いがありました。「大いなる国民」という言葉は、祝福の内容を示します。祝福とは喜びをもらうことであり、命と関係があります。「祝福の源となるように」とは「命の源になるように」ということです。それは神様のようなものとなることです。神様が命の源だからです.それでアブラハムは新しいアダムとしてみんなの祖先となりました。人間は信仰がある時、アブラハムのようなものとなり、アブラハムのようなことができるのです。

 1日目の夜、雨の中をひたすら歩いたのもいい思い出ですし、あやさんやけいこさんが作ってくださった夕食もおいしく頂きました。 2日日の浦和教区の岡田司教様の司教叙階式にも参加して感動しました。一人一人がまとまって祈っている。そしてその中の一人が私だと思うと、とてもうれしくて、私たちはこうやって一つになって福音宣教をしていけばいいのではと思いました。

 「聖書の旅」を通して聖書に書かれていることを勉強しながら、人間としても大きく成長し誇りをもっていけたらいいのではないかと思います。そして、このような企画に多くの人が参加して、−つになって兄弟として道を歩むことができたらと思いました。

 


NFORMATION  

イコンを書く会

 10月から毎月第四土曜日にMOPPの家でイコンをかくグループが始まりました。イコンについてジュリアーノと石井典子さんに教わり、ゆっくり黙想しながら伝統的なテンペラ の技法で書いていきます。午後2時半から5時まで(みんなで書くのがこの時間です。午前中から釆てやっていても構いません)

 

モザンビーク報告会

 121日午後2時半からMOPPの家で今年の夏、モザンビークに行って釆た本宮栄子さんの報告会があります。モザンビークのこと援助のことなど報告を聞いてみんなで話し合います。

 

クリスマスパーティー

 恒例のクリスマスパーティーが今年は1222日(日)午後4時からMOPPの家であります。今年は新しいことを考えていますので、本当のクリスマスのことを知りたい友だちやみんなでクリスマスを祝いたい友だちをたくさん連れて楽しみに来てください。早めに来て準備を手伝える人は大歓迎です。

 

キリスト教ってなに?

 1月から毎月第3土曜の4時半からキリスト教の信仰の内容を体系的に知りたい人のための集まりがあります。一年間ぐらいでキリスト教の根本的なことにやさしく触れることができます。詳しいことを知りたい人はMOPPの兄弟に聞いてください。

 

アジアを考える集い

年末年始にかけてインドを訪問する予定の人たちがいます。その報告会を23日(日)午後4時から催したいと思います。インドのことを聞きたい方はどなたでもどうぞ。

 

 222日(土)(午後5時に集合)と23日(日)、週末を利用して冬のタイプの「聖書の旅」を企画しています。詳しくはパンフレットを作りますのでそちらをご覧ください。場所は所沢方面を考えています。

 


KIKAYON NEWS

 

ジュリアーノさんたちが北海道旅行をしました

917日から106日までジユリアーノさんと北海道に行きました。私は初めての船旅でした。釧路では青年の黙想会に参加したり、温泉付きの別荘に泊ったり、幼稚園の子供たちと一緒に買い物ゲームで遊んだり、とても楽しい旅になりました。(大森 喜代忠)

 

アジアについて考える集まりがありました

10月6日、韓国史を勉強している人の報告を聞く集まりがMOPPの家でありました。

雨の中10名程の人が集まりました。日韓の関係は古く、日本文化はかなり韓国からの影響があり、江戸時代には韓国からの訪問者達の行列が江戸の町を歩くということもあったそうです。。日本の植民地政策以後、その関係は悪くなったようです。韓国側に反日感情が残る程になってしまいました。過去の両国の関係を冷静に見るのは簡単ではありませんが、新しい関係が結ばれるように祈りたいと思います。 (田嶋 文)

 

ルイさんからの手紙(9月9日)が届きました

7月、MOPPの兄弟のMICHELとブラジル人の司祭のVALDIRと一緒にブラジルの東北部を旅しました。福音宣教者の養成のセンターを訪ねるのが主な目的でした。今住んでいるところでフランス語を教えています。また、貧しい2家族を助けています。ワープロが直ってから、すぐにまた手紙を書きます。」

 

レミさんからの手紙(9月29日)が届きました

8月、イタリアでMOPPの兄弟のNICOGIUSEPPEの二人と一緒に聖書の集まりを導きました。参加したのは青年たちでした。そのうち4人は16歳でした。9月から10月にはパリ郊外のBEC  HELLOVINの修道院で長い黙想をします。」

  


編 集 後 記

きかよんの第二号が今回もたくさんの人の協力で出来上がりました。今回は記事が多く

4ページにおさめるのに苦労しました。□ヨーロッパでは子供たちは虫取りをしないそうです。気持ち悪いということです。MOPPの兄弟たちは日本の子供が宿題で昆虫採集をするのが信じられないといっています。本当でしょうか?ただ宿題が嫌いだっただけかもしれません。フランスにはファーブルもいましたし、なによりかたつむりを食べるのは気持ち悪くないのでしょうから。(編集 山下)□前号でお約束した福音のちいさい姉妹・ジョエルさんとリディアさんの連絡先をお知らせします。手紙を書いてあげてください。

PITITES SOEURS DE LEVANGILE 
23       RUEVILLOT
 93120
LA
 COURNEUVE FRANCETEL 148361814 

 


発行者 MOPPの兄弟の友だち

発行所及び連絡先   聖ペトロ・パウロ労働宣教会(MOPP

3350013  埼玉県戸田市喜沢2222 青果荘

             TELFAX  0484459514 

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