きかよん 1994.6  No. 6

ヨナ4・6
すると主なる神は、彼の苦痛を救うために、とうごまの木(きかよん)に命じて芽を出させた。とうごまの木は伸びてヨナよりも丈が高くなり、頭の上に陰をつくったので、ヨナの不満は消え、とうごまの木を大いに喜んだ。

 


もっとも愛されている美しいむすめ

ジュリアーノ

 

何日も何日も「緑の海」−森を過ぎ、草原を越え、また森を通り、草原を走り−を歩き続けてもわれらの「おばかさん」は忘れることができませんでした、アルファベットの字を祈りのことばにしていつもそれを口ずさんでいたあの若い牧童のことを。

一方、時が経つうちに、「おばかさん」は自分のからだが大自然のエネルギーに育まれて日ごとに生き生きとしてくるのが感じられました。

 夜は、つつましい夕食をとった後−といっても蛋白質とカロリーはちゃんと豊富にとりました−ぬくぬくと寝袋に入り、やすらぎの眠りが訪れるのを待つあいだ、無数の星が散らばるひろいひろい大空を眼にいっぱい吸収しました。ある夕、あのチョッピリの業を天高く高く拡げた方、その御方白身が、「おばかさん御白身」が発することば、「授けてください」、「ありがとう」、「讃えます」、「ああ、つらい」ということばに、いつもいつも耳を傾けておられるのかと思って、心がしあわせで、はちきれそうになりました。

あの牧童が聖書の預言者を引用して言ってたように、天と地の創造主は:

彼らが呼びかけるより先に、わたしは答え、まだ語りかけているあいだに、聞き届ける。           (イザヤ・6524

なんです!

 ある日、この緑の大海をうねるようにはしる、たくさんの丘のひとつを越えたとき、みすぼらしい建物を見つけました。入ってみたら、旅人の休息のための無賃宿でした。もう何日もからだを洗っていません。でもお風呂が見あたらなかったので、ひとつの部屋に入

り、タオルをしぼって全身くまなくきれいに拭きました。それからベッドを目にしました。もう何日もかたい大地の上で寝ていたので、あの、ふとんの中で眠るという忘れかけた心地よさを又味わいたい!と思いました。「ああ、やっと」と、疲れた、けれどやすらいだホネをベッドに横たえたときでした、手を伸ばしたら届くほどそばの棚に一冊の本が置いてあるのが目にとまりました。手に取って開いてみました:

 求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい、そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分のこどもに、石を与えるだろうか。魚を欲しがるのに蛇を与えるだろうか。このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分のこどもには良いものを与えることを知っている。まして、あなたがたの天の父は、求める者に良いものをくださるにちがいない。    (マタイ・7711

いにしえのことばが、披の耳には新しく新鮮にきこえました。そして森のなか、石と土のあいだ、枝や草のあいだからやさしく湧き出るひとすじの水のように、彼のさまざまなわずらいのつまった心からも、ふしぎなことに素朴なひかりのように、アルファベットの字がほとばしりはじめました。それからとっても気持ちのよいうたたね状態におちいりましたが、彼の内にある泉はひとときも「ab,c……,z,ab,c……,z」とささやくのを止めませんでした。
目をさまして、部屋から出ると、暗い階段や廊下をあちこち探検してまわりました。最後に奥のひっそりとした部屋に宿の番人をみつけました。暖炉のそばに座って粗末な夕食のしたくをしていましたが、彼を見ると、座って一緒に食事をするようにと勧めました。
2人は夜中語り合いました、人生について、死について、死後のことについて。かれらの語り合ったことをみなここにまとめて書くことは不可能です。この長かった語らいのほんのちょっとだけお知らせすると、こうです。「おばかさん」は尋ねました:
「さっき部屋でみつけた本で読んだんだけど、神は求める者に与え、探す者に見いださせ、叩く者に開ける、とかとか…でも皆知っていることだけど、すぐに聞き入れられない祈りというのがありますね。それはなぜでしょう?」老人は眼をしぼませ、一瞬黙してから、このように語りました:
「むかし昔、ふたりの娘を持つ王様がいました。むすめのひとりはたいへん美しく、もうひとりの方はとても不細工でした。不細工な子が来て何かをねだると、すぐに欲しがるものを与えてあげました。美しい子が来ると、彼は彼女がいつまでもそばにいて欲しい、彼女の声を聞いていたいあまり、しぶしぶ、いやいや、それもずっと経ってから、彼女がねだるものを与えてあげました。すぐに願いをかなえてもらえるのは、早くごほうびをもらえる「不細工な娘」のような人で、その願いが長いあいだ聞き入れられないでいる人は、本当は主の御目にかなう美しい娘のような人なのです。

                   訳:太田綾子


報 告

211

この時期に行つていた“聖書の旅”に変わり、1日だけの黙想・分かち合いをM0PPで行いました。20人位の方が、“マナについて”(ジュリアーノの話)学び、小さなグループで話し合い、有意義な1日を過ごしました。

 326

六本木の聖∃ゼフ学院のホールでチャリティーコンサートが催されました。
  ソプラノ:黒木 まゆみ
  テナー:鈴木 直
  ハープ:マリア・ブンボツ
  フルート、チェロ、バイオリン:山田さん一家
  ピアノとパーカッション:折山もと子さんと子供たち・三浦日出哉
  紙芝居 「放蕩息子」 制作:メイ工ル神父
             出演:本宮 英子

 ソプラノ、テナー、ハープ、等すばらしい演奏でした。そして、紙芝居は、すばらしい講談を見ているようで、感激しました。子供達を含むコンサートは、心和む雰囲気で、コンサートを暖かい空気で包んでくれました。もと子さんと子供たちに感謝したいと思います。それから、山田さん家族にも心から、この場でお礼を言いたいと思います。この収益はバングラデッシュのテーゼの共同体へ送り、ブラザーフランクより、皆様へのお礼状が届いています。

 53日〜5

“聖書の旅”が、不二聖心の裾野“山の家”で行われ3才〜70才までの35人の人が、み言葉に耳を傾け自由に語り合いました。天候に恵まれませんでしたが、ゲームをして皆興奮して楽しい時を過しました。放蕩息子の話を通して(紙芝居でも)“神の愛”を学び、共に過しました。

 612

 930分にJR日暮里駅南口を出発して、都内の巡礼をしました。江戸時代のキリシタンの遺跡を6ヶ所訪ねました。筒井さんの案内で、今も残され、江戸キリシタンの研究で明らかにされた墓、刑場跡などを訪ね、深い信仰に生きた先人達のことを思いました。50人程の人が、バス、地下鉄を使って、高輪教会まで辿り、江戸時代に生きたキリシタンと、宣教に来た神父や、修道士たちのことを学び、気持を新たにした一日でした。


 
キカヨンの皆様 ブラジルからこんにちは!

 3週間前から寒い日が続き、どの道も泥沼になってきました。秋の気配です。不景気はますます深刻になるのに、政府はこれから10月に行われる選挙を前にして、経済改革通貨デノミの事しか考えていないようですが、物価は毎月50%位上がっているので、消費者は困っています。貧しい人のお皿は淋しくなります。医療事業は悪化し、文盲率は上がるばかりです。それにもかかわらず、ブラジル人は明るさを保ち、祭り好き、楽観的な事は忘れていません。“明日はどうにか今日よりうまくいくでしょう”と希望というものは、死ぬことなく、相変わらず貧しい人々の中に生きています。不正、賄賂、貧困という社会の中で次のような喜ばしい兆しがあります。

 たとえば

u       庶民的な地区の教会は、若者・子供・労働者でいっぱいです。共同体のために皆活動的で、あちらこちらで必要な仮の教会の建設を手伝っています。

u       マザーたち、つまり貧しくても、より貧しい家庭の手助けをするお母さんたち。彼女等は、週に2日もしくは3日食物の分配、生活力のない人の助け、病人の訪問をします。精神的ショックを受けた家庭のメンバーと一緒に祈りの集いをもよおします。

u       子供たち、彼等はいつも明るくて、希望と喜びで満ちています。彼等の多くは労働(特に建築関係ですが)しながら、両親を助けています。例を1つ上げてみますと、10才のアイルトン君は、私のところに来て“ルイさんの自然薬は私のお母さんのためですが、これだけお母さんに世話になっているので、僕のかせぎで買ってあげる”

  荒地の占領運動は盛んです。土地を持っていない貧しい人々が命がけのことですが、荒地を占領して辛抱強い戦いで、農業が出来るところを獲得するのです。医療はたいへん不足していますから、私の自然薬運動はたいへん伸びてきました。この薬の利点は3つ程あります。安くて、よく効き、副作用なしです。日本への輸出はいつ頃になるでしょうか。

  今のところ3つ程のグループと活動しています。

 それぞれの名前は“カナン”“アガペー”そして(実はこれから作ろうとしているところですが)“エンマウス”。これらのグループのメンバーは、愛と分かち合いのところであり、メンバーは貧しい労務者です。彼等は他の貧しい近所の人々のために時間をさいています。より明るい社会作りを目指して、父なる主のあわれみ深い心をあかすところです。

 私はブラジルに来てから、もはや3年になります。しかし10年間過ごした日本と、そこで出会った友人達の事は、忘れておりません。ご存じのようにブラジルと日本は、地球の反対側にあります。こちらの人がたとえば豆を植えても芽が出ないと“やっぱり日本で伸びているのでしょう。きっと”という面白い言い方をしています。日本の皆さんと遠く離れていますが、辛抱強く土を掘っていけば、おたがいに出会うかもしれませんね。キカヨンの誰かが掘り始めたらいかがでしょう。

 ルイ 兄弟

 PS.自然薬:ルイさんは安い薬が必要なので、薬草を採取して自分で薬を作っています。

  利き目はすばらしいそうです。



 
友へ(裾野での聖書の旅から帰って) 199310911

                          山本 佑子

あなたに、また会えるかも知れないと期待しながら旅に出ました。残念です。お元気ですか。あなたと、あの雄大な富士山を背に咲く色濃い可憐なコスモス、燃え上がるキャンプファイヤーの炎とまたたく星ばし、つないだ人の手のぬくもりと歌声のハーモニーを 一緒に味わいたかった。私にとっては、あの八ヶ岳以来二度目一年半ぶりの聖書の旅です。グループは今回もそれはバラエティーに富む構成メンバーから成り、六才位以下の小さい人達四人を含めフランスやアメリカの方も交えて、青年から年配のご夫妻まで男女三十人位でした。この多様性、この豊かさ!幼児語・英語・フランス語・イタリア語、そして怪しげな日本語が入り混じり、時にいびきも加わって、それぞれが自分のペースで結構生き生きしゃべっている、聖書を仲立ちにして集まり和んでいるのは、素敵です。

テーマは、「救われるためにどうしたらよいか」でした。(ルカ736節〜50節)有名な罪深い女を赦すのところ。以下ジユリアノさんのお話を要約します。

イエスは招かれてファリサイ派のシモンの家に行く。そこで食事の席についていると、街で噂の女が入ってきて「後ろからイエスの足もとに近寄り、泣きながらその足を涙でぬらし始め、自分の髪の毛でぬぐい、イエスの足に接吻して香油を塗った」(738)シモンは「この人がもし預言者なら、自分に触れている女がだれで、どんな人か分かるはずだ。罪深い女なのに」と思った。(39)シモンは自分の正義を神の正義と思っている、いわゆる正しい人、一般的な信者のイメージ。彼は女を罪人として裁きイエスを心の中で試すという罪をおかしているのに、その自分の罪に気がつかない。そこでイエスは金貸しのたとえを話し、「帳消しにされた借金の額の多い方が、金貸しにより深く感謝すること」に気づかせた上で、女が彼にした一つ一つの具体的な行いを思い出させ、「だから、言っておく。この人が多くの罪を赦されたことは、わたしに示した愛の大きさで分かる。赦されることの少ない者は、愛することも少ない。」(747)と言われた。

愛は、取引ではない。女は心に従って自分の体でイエスを愛したが、シモンは自分のペースに従って物で愛した。お返しができるから受け入れるのではない。愛は激しい動きのある水のよう、イエスの愛は限りなく湧き出て、イエスの愛を受け入れる罪人(自分が罪人であることを知っている人、乾いている人)の所に自由に流れて行き、潤す。ファリサイ派の人は、自分がこんなに多く赦されている、愛されているということを知らない。自分は正しいと思っているから愛される喜びを知らない。不幸な人。その人にイエスは罪の女をお手本にして、愛することを教えて下さった。実は彼も罪深い人で、その罪の故に赦され愛されていることを。そして女には「あなたの信仰があなたを救った。平和のうちにいきなさい」(50)と、言われる。信仰とは、私をたずねる神の愛を認めること。だからイ エスに救う力があるのではなく、私の信仰だけが私を救うことができる。神の愛を受け入れた愛の体験は、私たちを「平和のうちに」行かせてくれる……。

 人間は肉体を持ち時間の中に生きている者だから、私はあなたにジュリアノさんが伝えたかったことを本当に伝えられているか心配です。イエスを語るジュリアノさんの声の響きと目の輝き、何にもましてそこに集まったメンバーの感動と喜びをどうやってあなたに 伝えたらいいのでしょう。少なくとも旅から帰った私は、今、もっと幸せで元気一杯です。

 

  いつかきっとあなたと一緒に、聖書の旅に出ましょう。


☆ニュース☆

 

¡        レミさんが弓道初段に! フランスから帰つて来て、初めた弓道で、めでたく、初段。(武術を学ぶ、レミさんに、今度詳しくインタビューをしたいと思います。)

¡        毎週火曜日、夕方2時間ぐらい戸田の弓道場で、弓を引いています。袴をはいてやっています。

¡        ジュリアーノさん  629日から811日までM0PPの管区長会議のためヨーロッパヘ帰ります。M0PPがさらに充実するために、会議の豊かな実りを祈りたいと思います。

¡        小川二三子さん  去年1122日に、フィリピンで結婚されました。ご主人は、フィリピンの男性で、今、日本料理店“KATSU”を開いています。コックは御主人です。

¡        夕の祈り  毎月第2土曜日午後4時から630分まで、市ヶ谷の援助修道会で、歌の練習を1時間30分位やつて、あと、共に祈っています。歌の好きな方、是非参加して下さい。大都会の喧騒の中でも、小さな歌声ですが、神様の耳に確かに届くと思います。

¡        630日  29日の聖ペトロ・聖パウロの祝い日にあたり、30日(木)に共にミサを捧げたいと思います。是非おいで下さい。

¡        10月8日夜(土)〜10日(月) 不二聖心(裾野)の“山の家”で“聖書の旅”が予定されています。どなたでもとうぞ。富士山を仰ぎ見て、深呼吸をし、共に、み言葉に耳を傾け、味わいたいと思います。


   ◆編集後記◆

 再び、皆さんにお届けすることができました。“お待たせしました”と言いたいところですが、一人よがりのようにも思われます。“とうごまの木”が梅雨のうっとうしさに負けず、深く根をおろし、夏の暑さから守ってくれる葉が豊かに繁りますように。

 


発行者 MOPPの兄弟の友だち

発行所及び連絡先   聖ペトロ・パウロ労働宣教会(MOPP

3350013  埼玉県戸田市喜沢2222 青果荘

             TELFAX  0484459514 

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