きかよん 夏1998.7 No.12

ヨナ4・6
すると主なる神は、彼の苦痛を救うために、とうごまの木(きかよん)に命じて芽を出させた。とうごまの木は伸びてヨナよりも丈が高くなり、頭の上に陰をつくったので、ヨナの不満は消え、とうごまの木を大いに喜んだ。

 


ブラジルでの7年間

                        ルイ・ロゲ

 ただいま、御無沙汰いたしました。8年ぶり日本に帰りました。MOPPの兄弟ルイです。どうぞよろしくお願いいたします。ブラジルでモップの兄弟の志願者を7年間指導していました。主なる神様のお陰様で5人の若者が育ちまして、私達のMOPPの兄弟にたいして将来のために素晴らしい恵みです。この8年のあいだの一番深い経験を伝えてみたいと思います。日常の生活の中で経済的に恵まれていない、または大変貧しい人と出会ったのは少なくありませんでした。しかし絶望やがっかりしている人にあまり会ったことがないです。希望は絶対に失わないと感じます。『明日または来年は良くなるでしょう』今度大丈夫でしょうとよく聞こえます。失業者になったら色々の工夫をして生活を守っています。ブラジルで文句や不満を言う人また絶望する人、自殺をする人は経済的に恵まれすぎる人々です。お金と物に心が頼っている人だから今の不景気の中でもう生きがいを感じません。金持ちと一般的な人の社会の状態の差は激しくて、お互い関係のない社会です。生きがいの問題は一番この差を表わします。物とお金が溢れる人は希望はありませんが、生活に因っている貧しい人はあきらめないで生き生きした様子を見せています。どこからかれたちはその将来を信ずる力を得るのでしょうか。 まず日常の生活の中でよく使われている言い回しを見ましょう。『主なる神様のお陰様で』や『主なる神様がお望みなら』または『主なる神様がお許し下さるでしょう』や『主なる神様がお与え下さるでしょう』などという言葉は常用されています。子供は朝、お昼、また寝る前にお父さんに祝福を願う時、お父さんは『父なる神様がお前を祝福したまえ』と子供の合わせた手を両手で握って言います。子供はお母さんにもおじいさんとおばあさんにも祝福を求めます。また主キリスト・イエス様の聖母・また聖人に取りなす言い回しがたびたび使われています。これを聞いて、どこにブラジルの人々の心が頼って生き生きした様子を見せているのか少し明らかになると思います。

 今、イボネッテさんの例を少し見ましょう。7人のお母さんです。職業は洋服を仕立てるのがとても器用な方です。若い時仕事で足に怪我して、その傷がたびたび非常に痛んでけっこう不自由です。ご主人がアルコール中毒のために大変苦しんで我慢強い方です。あきらめないで、どんな問題に出会ってもイボネッテさんはいつも生き生さした信仰の証しをしています。毎晩、家族の全員がお母さんと集まって聖書を読んだり分かち合ったり、祈ったりして仲良くしています。それを長年続けてきましたので主人はお酒を止めました。またお父さんのために問題を起こして家出していた長男は家に帰りました。子供は皆がそれぞれ良く成長して勉強や仕事などして社会と教会の為に頑張っています。イボネッテさんは家族と仕事のかに教会のためにも活躍的な方です。教会の典礼や5つの聖書の勉強のグループや3つの祈りの集いなどを指導しています。それにブラジルの一番民族的なギターが上手に弾けるので40人の子供のコーラスと15人の合唱団を作って教会また病院で歌います。時々自分の足の傷の痛みを我慢して教会の仲間と一緒に、住んでいる町の長い道を歩きながら福音宣教に出掛けます。ところで家族の貧しさのためにイボネッテさんは若い時から仕事をしなければなりませんでしたので小学校の4年生までしか勉強していません。それで、どこでこんなに我慢や精力や生きがいを頂きますか。『毎日主なる神様のみ言葉を聞いて、それを信じて実行するのは私の力です。一回もこのみ言葉にだまされたことがないのでそれに従います。主なる神様がいつも愛と許しを与えて下さるのでどんな事があっても、人の関係のなかでどんな問題にぶつかっても負ける訳がありません』と本人が強く主張しています。

イボネッテさんは素晴らしい生き生きしている人物ですが決して一人ではありません。イレーネ、カタリナ、マリヤなどは苦しい状態の中で希望を失うどころか回りの人に喜びと平安を伝えるほど強い信仰の様子を見せます。やっぱり主キリスト・イエス様のみ言葉は本当だとこの7年間の間で深く感じました。

『貧しい人々は、幸いである。神の国はあなたがたのものである。』(ルカ6、20)

 


リーナ・デリペーロ   イコン作品展によせて

                    荒井 直子

 

512日から17日まで、銀座のギャラリーで、リーナさんのイコンの展覧会がひらかれました。爽やかなこの季節に、作家ご本人をお迎えしてオリジナルのイコン作品展を開くことは、モップにイコングループが誕生した6年前から、いつの日にか…とひそかに願っていた夢でしたので、その一過間は、忙しくも心底嬉しい、充実した毎日でした。会場はリーナさんのイコン24点の他、白子のシスター 雅枝さんのイコンや「イコンを書く会」グループの作品を合わせると、全部で40数点ものイコンが並び、見にきてくださった大勢の皆さんを、神様の眼差しが優しく出迎え、包みこんでいるかのようでした。

グループの作品は、まだイコンと呼べるものではなく、リーナさんのスペースとは壁面で隔てられていても、展示については恐れ多くてとても抵抗がありました。でも実際は「神様の限りない慈しみ」を、なんとも言えない神秘的な、美しい色で書き現したリーナさんの数々のイコンが醸し出す美しい調和のなかに、グループの作品もひとつに溶け込んでしまっていることが驚きでした。

日本基督教団・銀座教会の中にあるこのギャラリーは、上の階が聖堂になっており、毎日正午の礼拝がギャラリー内でテレビで中継されます。リーナさんのイコンを展示した半円形ホールの壁面にテレビがしまいこまれていて、お昼になるとイコンにぐるりと囲まれた画面から礼拝が中継されます。リーナさんの言葉を借りると、“未完成(私たちの作品)も含めて、展示作品全体が一つのイコノスタシス(祭壇障壁)を編成しているようで、イコンを見入る者にイコンとともに祈っていると感じさせるたすけになった”ようでした。礼拝時に限らず終始このような雰囲気に包まれていたことは、神様に向かって開かれた窓《イコン》の前に仔む様々な人たちの静かな後ろ姿が、何より雄弁に物語っていました。

 会期中は、一時問おさにジュリアーノさんによるイコンの説明がありました。また、会場の一隅ではリーナさんが実際に筆をとってイコンを描く様子を見ることもでき、これらは来場者が作家と作品により近づくことができる、よい機会となりました。ただ漠然と眺めていたのではわからない色や構図の意味を、作家の筆使いを実際に目にしたり、詳しい説明を聞くことで、「長年、疑問に思っていたことが今日わかった!」と喜ぶ声を何度も耳にしました。ほほえましかったのは、交替で福音会センターの受付をされていた銀座教会の信者の方々が、ジュリアーノさんのイコンの説明を受付の椅子から身を乗り出して、熱心に聞いていらした様子です。展覧会が終わる頃には、きっと誰よりもイコンに詳しい者になったのではないでしょうか。自分もイコンを書きたいと希望される方、これから出版される予定のリーナさんの画集を早くも注文される方もあり、長老の牧師さんも会場に足を運んでくださいました。このプロテスタントの教会で、イコンが《神との出会い、人との出会い》を仲介したことがまことに興味深く、絶えずはたらいておられる御方を思わずにはいられませんでした。遠くは松山や新潟から来てくださった方々、度々足を運んでくださった方など、最終日には、入館者の延べ人数が1,291人にもなりました。銀座の町を歩いていて、通り掛かりに画廊にふらりと立ち寄ってみたという風情の方が幾人もあり、中にはイコンとの偶然の出会いを心から喜んでいる方を目にしましたが、これこそ、展覧会を催したリーナさんと私たちの心からの喜びでもありました。

 

※リーナ・デルペーロ作品集

  玉川学園・出版部から刊行。編集も新たに待望の日本語版が今秋、発売の予定です。

※イタリア語講座(NHK)でのインタビューもありました。

放送時間は次のとおりです。  (両方ともch3)

@ 平成10年7月 6日(月)AM 6:40〜7:10

A 平成10年7月20日(月)AM 6:40〜7:10

@の再放送は7月8日のAM 0:05〜と、11日のPM 1:00〜。

Aの再放送は7月22日のAM 0:05〜と、25日のPM l:00〜。

 


聖 書 の 旅

                    会沢  昭

 

聖書の旅から戻って数日間、争いのたえない我家に、いつになく平和でなごやかな雰囲気が漂います。これを妻は聖書の旅の余韻と呼びます。(妻と子供たちは10回目。私は4回目)

1010日(金)〜12日(日)の聖書の旅に家族6人で参加しました。場所は軽井沢聖フランシスコ山荘。古い建物ですが敷地が広く、木々に囲まれ、浅間山がすぐ近くのところです。いつも聖書の旅は多彩です。参加する人もプログラムも。イタリア人2人・フランス人2人・2歳の子供から初老の人まで50数名、それに犬3匹。ハムスターが参加したこともありました。家族そろって参加する人、友人同士で参加する人、恋人同士で参加する人…本当に様々です。一日目(交通渋滞でプログラムが少しおくれましたが)黙想(天地創造について)おいしい夕食、祈り。

二日目、ハイキング(天候にめぐまれました。2歳の子は、かわるがわるいろんな人にだっこされたり、手をひかれたり。子供達は、落葉を拾ってははしゃぎ、木の実を拾っては喜び、年上の子は下の子をリードしながらのばりました。犬もしっぽをふりながらのばりました。体力のある人もない人も、それぞれのペースで歩き、紅葉の中、自然の息吹を体いっぱいにうけとりました。)夜のレク(キャンプファイヤーとゲーム。なぜか大人の人も思わず夢中になってしまう。我を忘れて子供達と一緒に楽しみました。)それに夜は思い思いに、“酒の喜び’’の時をもちます。食事の労をとってくれている女性陣の声がひときわたかく響きます。子供達もチョコチョコやって来ては、つまみ食いをして楽しみます。

そして三月目ミサ、子供達も一緒。子供達のつくった紙粘土の動物を献げました。祝福を受ける時の子供達のはにかんだ笑顔はなんともいえません。おだやかな笑いが何回かおこりました。20名もの子供達一人ひとりを祝福する神父さんもうれしそうでした。その後食事をして広場でサッカー。男性も女性も、大人も子供も一緒になってやりました。

 


黙想より

神様は光です。強い光です。直接みることはできません。みな光を受けて下さい。その命を受けて下さい。それが御父ののぞみです。私たち一人一人を照らして下さい。共に歩んで下さい。クリスチャンでない人とも。たおれている人とも、闇の中にある人とも。そして、一人一人が光の中を歩けるようにそれが御父ののぞみです……。

“聖書の旅”に参加して、共に食べ、共に過ごした3日間、私の心に、余韻のように静かに広がってきた言葉です。

  

お城の中に隠れていた愛しい人

 

それはそれは美しい少女が、お城の中の秘密の部屋にひそかに住んでいました。そして彼女を熱烈に愛している若者がいましたが、彼女だけがその彼の思いに気付いていました。彼は情熱に燃えて、彼女が潜んでいる部屋の前をいつも行ったり来たりしていました。一目でもいいから彼女の姿を見たかったのです。

この類ない美しい少女は「恋人」がこうしていつもお城の周りを巡っているのを知って、どうしたでしょうか。隠れ家の小窓を開けて、一瞬の間、その顔を彼に見せ、再び隠れました。彼だけがその姿を見ることができたのです。そして彼の心、魂、全存在が、彼女に惹かれてしまいました…。

この物語は、象徴的なお話です。この少女は誰か、この若者は誰か、このお城は何を象徴するのか、そして彼が、彼女の部屋の前を行ったり来たりしているのは何を意味しているのか、この4つの質問に答えてください。正しい答えを送ってくださった方は、賞として「アルプスのふもとヴェルミリオという素晴らしい村に1週間滞在」することが出来ます。

 

 


進歩…。仕事をやってきた人たちの積み重ねの結果

 

  ・・・今、すぐれたものが出来る。

       −ジユリアーノさんのインタビューU−

        ジュリアーノさんの知り合いの方々の質問をもとに話をうかがいました。

 

Q いつ日本に来ましたか?

  14年前かな。

Q どうしてですか?

  遊ぶため。というのは実際、ブラジルに行くことを考えた。ビザを取得するのに、とても時間がかかりそうだったので、その間『日本にいる兄弟を助けるために行って下さい』総長さんに言われ、6ヶ月の観光ビザで来た。その6ヶ月間、楽しくて、楽しくて…。ブラジルのビザを高いお金を出してもらったけど、それを捨てて日本に残った。間違った?

Q ジユリアーノさんは今まで本当に結婚したことがないのですか?

  冗談で『私は結婚しています』と言ったら皆信じた。残念ながら実際は結婚していません。理由は一つしかない。私の相手はまだ生まれていないから。いや、生まれているかも知れないけど私と結婚するのはかわいそうだから。結婚して奥さんと子どもを世話しないとおかしいでしょう。会社人間になって、自分の奥さんと自分の子ども一緒にいる時間が彼らのためにないとね。結婚に反対するわけではない。結婚はすばらしいことですから、それに十分、自分の時間と力を入れないとちょっと中途半端になるのではないか。私の活動とか宣教の仕事とかをみるとどうでしょうね。まあ、ある人にはできるでしょう。例えば牧師さん。結婚しているでしょう!

 結婚はすばらしいことですけど、結婚する人は自分の奥さんとかご主人とか子どもとかのために精一杯やらないと、ちょっと…!カトリックでは結婚すると、奥さんと一つの体になる。あまり家にいないと変なことになる。結婚を考えたことはあるけれども最後に選ぶのは本当にどちらが幸せになるかということ。私たちは幸せになるために作られた。これを神様のみ旨と言います。神様のみ旨は、自分の子どもである人間が幸せになること。たぶん幸せになるのは、私たちの考え方によるのではないかもしれないけど、神様を認め、神様の下で、神様の望むように生きることができたら幸せになれる。それを選択するのは大変なこと。1回選ぶわけではなくて、ほとんど毎日選ばなければならない。結婚している人も自分の奥さんに忠実に一緒にいるか?或いは他の男性、女性と自分の人生を過ごすかを毎日決めなければならないと思います。式で自分の人生を決めるのではありません。結婚式をしたとしても、結婚をしていない人が非常に多い。

Q いろいろなことをされているようですが、一番の専門は何ですか?きっかけをたくさん作って、神様の言葉をのべ伝えること?

 実際に人間が好きですから、大家族の中で生まれたので本当に人間が大好きです。人間が一緒にいると、相手からいのちを受ける。相手の心、相手のいのちにあるすばらしさにふれることによって、相手と深く結びつく。他の人に出会うことによって、相手のいのちは私たちの方に流れてくる。だから、ひとりぼっちになると水とか光のない花のような状態になる。縮んでしまい枯れてしまう。もちろん時々は一人になった方がいい。植物は光と水さえあればだいたい育つが、人間はこれではたりない。いくらお金や食べ物があっても幸せにはならない。幸せになるのは人間の交わりの中にある。一緒に座って食べたり飲んだりとか、いい所を訪ねたりとか、私たちのために創られた宇宙の中に一緒に生きるとか…。

Q 専門は?

冗談ではなく、本職は家具の職人、趣味は宣教師。

神のみ言葉の深さ、重さを仕事をしながら、材料を使いながら考えさせられる。ずっと座って大学で研究している人もいるけど、私たちのもらった恵み、仕事のおかげで、聖書を読む時、自然に仕事の教育のおかげでみ言葉を味わえる。何故か?私が板を切る時、1センチ以下、2ミリ以下を切る時、直すことができない。間違いになる。この材料に対して、正しいやり方をしないと家具にならない。仕事をするのは疲れる。その重さ、人間の感じ方はこの世界から逃げないこと。

 福音と聖書は、この世の中に入った神様ですから、私たちは仕事を通してこの世の中にもっと深く入る。そのおかげで、み言葉を読む時もっと深く味わえるのではないかという感じがする。

Q 人間として生活しているという態度?

 豊かな人間になると、豊かな宣教師になる。豊かな人間になると豊かな信者になる。逆も言える。仕事をするのは大好きです。夢中になる。お昼になっても食べることを忘れてしまうくらい。聖書を研究する時も同じ。ずっと8時間座りっぱなしでも大丈夫。遊ぶ時も時間を感じない。そういう変な性格を持っている。家具の仕事とか、聖書の集まりとか、本当に時間を感じない。あっと言う間に50歳になった。

Q ジュリアーノさんが時々言つているボランティアの話について聞かせて下さい。今度ボランティアに参加される時は誘って下さい.

そういうタイプの若者多いです。神戸には何千人の若者が行った。普通の生活にもどると若者なりの豊かさは、ちょっと隠れてしまいます。残念ですが大人になると、ちょっと仕事、会社、家族などでやりたくても出来なくなる。

日本ではこの23年でボランティアという言葉はすごく盛んになったけれど、意味が向こうでの意味とは全然違う。ボランティアは自分の心からのすすめで、困っている人、お金のない人、自分の力で出来ない人を助けること。日本ではお金のある人を助けてもボランティアになる。これは利用されているだけのこと。国のためのボランティアはそういう言葉は使わない。

Q どんな日本の食事が好きですか?とうふは?

 大好き。

Q 納豆は?

 大好き。日本のはとんどの食事は消化によいので好きです。イタリヤ料理も好きですが消化するのは難しい。

Q 日本に来てから難しいことがあったか?

 お手洗いに行くこと。便秘ではないですが、日本の昔のトイレしか家にはないから困った。私の子どもの頃、同じトイレがあったけど座り方が違う。ドアの方に向いてしゃがむ。こっちは壁の方を向いて座るので苦しくて…。あとパイプをさわると全部私の方にたおれてくるし、安定しないから大変だった。今は慣れているから大丈夫。

Q もし一週間後に地球の最後の日を迎えることが分かったら祈ることの他に何をしますか?何をしたいですか?

 2千年の終わりに近づき不安を感じる人が多いかもしれない。千年の頃も皆不安を感じていた。この世の終わりについて偽の予言者の予言があった。今も同じことがある。しかしこの世の終わりがいつあるのかは誰も知らない。だから一週間たってから、この世の終わりがあっても私は今の生活を続ける。全然変わることはない。何故かというと、カトリックの感覚では毎日キリストの帰りを持っている。ミサの間にもその願いを表している。というのはこの世の終わりが一週間後にあればやっと待っていることが実現する。残念ながら偽予言者が言うように全部破壊され、滅びることではなくて、神との出会いになるから、すごく望ましい出来事になる。一週間後にキリストが帰ってくることをすすめてくれれば有り難いですね。あとこの世の終わりがいつあるか?それは私が死ぬ時です。

Q 何をしますか?

 何もしない。今やっていることをする。何故ならば今も待っているから。

 このこわい話を聞くと、もっと不安になるのであまり役立たない。もっとおもしろい話は明日、交通事故で死んでしまうかもしれないから、今すぐ、毎日自分と神との出会いを考えた方がいい。その出会いは死ぬ時だけではなく、信仰のおかげで今も出来る。神様が共にいれば、どんなにひどいこと、暗いことがあっても私たちを悲しませることではなくて、神様と一緒にいるのはこわいことがない。

Q 日本のことをどう思いますか?

難しい質問。私は日本にきてから、日本は私にあう国と感じた。いつも一般的に話すと間違うけど…。普通の日本人はとても純粋な人と感じる。難しい人、変な考えをする人たちは向こうでは多い。日本人は純粋な心を持っている人が多い。時々、銭湯で会う刺青のある人たちの中には背中を洗ってくれる人もいる。イタリアのマフィアの人たちとは絶対に話すことができない。いつも隠れた所で自分の不グループだけで付き合い、普通の生活に入らない。ヤクザの人は大きな声で話すかも知れないけどとても親切。

日本人はきちんと仕事するし、約束を守る。日本製のものはよい。むかしのすばらしいものが残っている。

少し残念なことは、日本人は自分たちのすばらしさを忘れているみたいです。文化の美しさがありながら外国のことをまねしている。いろいろな面で自分の宝物をあまり大事にしていない。建築のこと、食べ物のこととか。

Q 弱いところは皆持っているから日本人もあるでしよう。自由にできない。鎖国の影響でしよう?

それに教育の問題、学校の問題と思います。それは、何故日本の政治家は世界の問題について自分の立場がないのか。ペルーの事件でも彼らは自分の意見とか、どうすればよいか知らないわけ。判断できないから、判断できるために保育園から育てることです。政治家になった時にできるのではなくて。できるだけ良い意見がでるような教育は学校で子どものペースで彼らの自主性を少しずつ伸ばすこと。やさしい命令で、いつも何かを子どもにやらせないと子どもたちの心は育たない。いつも従えばいいと思うようになると、いちばん悪い人間に育つ。従うのは人間の特徴ではない。人間は言う前にあることをする、しない、或いは断わる。これは向こうでも同じ問題。

今、世界中の教育の場で人生の指導者、イタリア語でマエストロ…、道を開く人。目的地まで前を歩いて導いてくれる人がいない。頭だけで教える先生が多い。これではコンピューターも先生になれる可能性がある。イタリアでも今ちょっとそういう問題が多い。

ファシストの時代、イタリアではファシストに反対する人が多かった。アメリカとイギリスの軍隊が来る前に、イタリアのある町はパルチザンが自分の力で開放した。たくさんの人が殺されたけど。独裁者がいても沢山の人がこれは正しくないと分かっていたので反対した。ドイツ人は『私たちは命令に従っただけ』と言った。命令に従わないときもある。だから従うことだけ教えると悪い教育になるでしょう。満足していないし、心も育たないからモンスターみたいなものが出てくる。子どもを殺した!イタリアにもある事件。私たちの社会の中で、一番大事なことはあたりまえと思っている。心の豊かさとか。これはあたりまえのことではない。人間の特徴は一緒にいることとか、自分が喜ぶこととか、成長することとか。少しずつ先生たちがヒントを与えないと子どもたちは社会のネットワークからくる影響に左右され、正しい方向へ行かない。

Q 個人的な方向へ行ってしまう

 子どもたちはかくれんほをするのを忘れてしまった。何故、やるチャンスがないから、遊びがおもしろくないから。早く忘れてしまう。だからファミコンで遊んで終わり。

Q 社会とかに責任があるのね。

若者はね…!アンドレ・マルローという人は(ドゴールの時代文化相だった)“21世紀の若者の世代は神様を信じるか、或いは、存在しなくなる”と言いました。生きるために今度の世代は霊的なものがないと生命を失う。今、ヨーロッパですでにみられる。死ぬのは若者が多い。麻薬、自殺、ディスコ帰りの交通事故など。

日本の若者はどこまで霊的なものを求めているか?

Q  ジュリアーノが持っている『国』というイメージ、私たちだと日本の歴史など学んだ時に、日本というのはこういうのかという、国のイメージがある、鎖国があったりとか。外に出るとよけいに感じるんだけど、どちらかというと欠点が多く見えたりするけど。例えば、イタリア文化には美術とか文学とかに豊かなイメージがある。音楽や美術とかも他の国に影響を与えたり。そういうイメージがあるんだけど。

そう私、イタリアにいる間にあまり深く日本のこと勉強しなかった。写真で見る日本はきれいな環境の中にある村とかわらぶきの屋根の家とだけ。カワサキは私たちにとって町ではなくてモーターバイクのことで川崎という町があることを知らなかった。日本のイメージは足りなかった。日本語も「さようなら」「ゲイシャ」「カミカゼ」。変でしょう!日本に来てからも残念ながら勉強する時間はたくさんなかったけど、いろいろな人に会って日本の文化の深さとか伝統とか、教えてもらった。私が聖書を教えるとき、聖書のグループに参加した方々が、日本にもそういうことがあるよと教えてくれた。例えば、アブラハムは子どもがなかったからサライは自分の女奴隷に子どもを作らせた。このようなことが日本にも大正天皇の頃まであったと知らされた。

日本の文化は古く伝統を持っている。私たちは昔の芝居は書いてあるけどあんまりやっていない。中世の時代はカテドラルの前で芝居が行われていた。テレビのない時代、カテドラルの前の広場で、半日ぐらいいろいろな芝居をやって皆を楽しませた。日本では芝居が昔から大事にされ、能、歌舞伎、文楽とかが伝統的に守られている。私たちが博物館に入れたものが日本ではまだ生きていることを感じる。

Q 逆の答えが返ってきたみたい。

 私はそういう風に感じている。私達は中世の時代の芝居を誰かが少し研究してどこかで上演しているという話を聞くが日本では盛んに公演され生きている。守られている。それはすごくおもしろい。日本人の特徴なのかもしれない。鎖国になっても300年間自分の信仰を守ったクリスチャンがいた。ちょっと頑固な性格がある。ある程度理由が分からなくても、これは大事なことだから何世紀もの間守る。すばらしいです。

Q その意味はどうかしら?作家も作曲家もイタリアにあこがれた。イタリアの太陽と人々の明るさとかに。北の人の持っていないセンスがあった。ローマ時代の古い遺跡も残っている。先日、ボンベイの展覧会が催された。

 向こうの文化は非常に古いけどカットがある。例えばポンペイのある部屋には完全な遠近法で書かれたものが残っている。その後消えてしまった。ジョットが遠近法で絵を書くまで約1,200年のブランクがある。日本の文化は海へ流れる川みたいにずっと守られている。向こうでは途中でこの川は消えてしまう。何年間かたってから、もう1回出てくる。日本の歴史はわりあいと若い。2,000年くらい。文化というと詩人とか美術的なものを作ったりとか、生活するために何かある。アダム、エバも何かあった。結局ちょっと決めるのは難しいかもしれないけど、文化のスタートは人間の心の豊かさで、日常の生活だけではなく、少し良い生活のために余裕があること。歌とか詩とか小説などが出てくる。エジプト、中国、ギリシャでも同じ。4,000年前にエジプト人がピラミットを作った時、ギリシャ人、ローマ人はまだ生まれていなかった。1,500年後ギリシャ人は少し何とか考えた。哲学がおこった。

Q 中国もインドもそのくらい?

 私たちの文化をインド・ヨーロピアン文化という。インドからヨーロッパに伝わり広がっていった。日本の文化は若い木といっても2000年の木だけど守られている。ギリシャ人、エジプト人、ローマ人は消えてしまった。それは日本の特徴だと思う。サラリーマンはネクタイをしているけれど、これをはずしてむかしの人の感覚がまだのこる。

 人間の感じ方などは、いくら洋服とかテレビとか、外国に行っても、けれど自分の家に置く飾りみたいです。ベットに寝ても、自分の心は畳の部屋があるのを望んでいる。あとどこまで、そういうことが守られるか?

 今、世界中の動きは少しずつどこでも同じ文化になりつつある。世界中一つの文化、世界中が一つの村の文化になる。日本にいる外国人、或いは外国に行く日本人が増え、カルチャーショックがだんだん少なくなる。少しずつ、どこでも同じ考え方、同じ生き方になる。ある程度いいですけど、ある程度マイナスになる。

Q 個性がなくなる?

 大事なものを失う。同時に昔の人たちのことを守れば、外から入ってくる良いこととかあわせれば豊かになる。

Q まあ課題かな?

 今の世界は技術的にすごく進歩している。コンピューターだけ考えると、大きなステップを越えた。たぶん1,000年間の歴史を最近の10年間で越えた。だから私たちはまだ感じないかも知れないけど、今とってもすぐれたことができた。もちろん今の2キロのコンピューターも1,000年間、仕事をやってきた人たちの積み重ねの結果でもある。道を作った人、飛行機を作った人も前の人たちがいたから、今すぐれたものが出来る。私たちの未来は全然ペシミストの考え方しない。人間にチャンスを与える未来。同時に全部を壊す可能性もある。これは私たちの判断で決める。人間の可能性はすごく大きくなった。だから希望の時代です。前の質問の「この世の終わりがあるか…」はなつかしい人の考え方。あまり深く今の状態が見えない人。人間のこわさにもとづいて…オウム真理教のように…不安があるのはあたりまえ。けれど希望を伝えることはいっぱいある。必ず私たちは未来の世界にすばらしいことがうまれると思います。新しい人間が生まれると思います。

 


《お知らせと報告》

 

1997年11月〜12月初旬 

ジユリアーノさんのお姉さん、リナさんが来日。イコンの展示会、講演会、イコンと共に祈る会等とても多くの方々に出会い語られました。

 

1997年12月13日(土) お父さんのお泊り会

         14日(日) 子供達のクリスマスパーティー

お父さん達は、仕事の都合で参加できなかった人もいましたが、しちりんを囲んで、7人が集まり語り合いました。次の日は、子供達のクリスマスパーティーで、会沢めぐみちゃんと友達(睦美さんの助けで)が、進行役。風船でプードルを作ったり(遠藤さんと共に)お母さん達が準備してくれたおいしいお料理を食べながら、大人と子供と27名ぐらいで、キリストのご降誕を祝いました。祈りの時、バイオリンを弾いてくれた奈良みずきちゃん、ありがとう、とてもきれいでした。子供達の心に、喜びと愛の心が育ちますように。

 

1997年12月23日 4:00P.M.から クリスマスパーティー

持ち寄りのパーティー。ジュリアーノさんのイタリア語の生徒さん達も含めて、若者のグループの進行(順子ちゃん達)によって、35人位が、小さい祈りのあと、食べて、飲んで、ゲームをしたり…、そして、折山ファミリーの音楽で、雰囲気も盛り上がり、楽しい時を過ごしました。皆が平和に楽しく過ごすことができたのは、クリスマスの夜にふさわしいものでしょう!

 

1998年2月11日 一日の黙想会、ユウカリスチィアについて

北浦和カトリック教会で、遠方からの出席者も迎えて、40人程が集まり、共に学び、研究し、語り合いました。

 

1998年3月3日  ルイさんが3ヶ月の休暇を日本で過ごすために来日。7年ぶりの日本。日本語もすばらしいです。

1998年5月2日〜5日  軽井沢の聖フランシスコ山荘で“聖書の旅”

 天気を心配しましたが、4日のハイキングの予定の日はとても良い天気に恵まれ、大人と子供と合わせて、53人と犬二匹。再び軽井沢でしたが、とにかく、楽しく過ごしました。子供達の聖書の寸劇は、世話をしてくれた方は大変でしたでしょうが、本当に楽しかったです。今回は、音楽は折山もと子さんの即興で、盛り上がり、織部ちゃんのすばらしいトランペットで、キリストの“よみがえり”は強く印象に残りました。ありがとう。

 レミさんの50歳の祝いと、真君の10歳の誕生日も祝いました(4日)。5日は子供の日!江川まり子さんのすばらしい紙ねんどの鯉のばりもあり、ミハエラさんのおいしいケーキもあり、皆で祝いました。

子供達に“自由に生きて下さい”と語りかけたら、“自由に生きられたら苦労しないよ!”という答えが返ってきました。皆、大爆笑。

 

1998年5月8日〜6月1日   リーナさん他4人のイタリア人女性が来日。

 リーナさんは、イコンの展覧会、講演会でスケジュールは、いっぱいでした。有意義な滞在でした。(私達にとって……。)他の人は日本を2週間程旅をして、いかがだったでしょうか? イコンの本の出版が予定されています。さらにテレビのイタリア語講座でのインタビューもありました。

 


《今後の予定》

 

1998年6月27日(土)  5:00P.M.からM.O.P.P.の祝いのパーティー

 六本木のフランシスコ会のホールで。

629日(月)は、聖ペトロパウロの祝の日にあたりますが、都合で27日に祝いをします。友人たちで企画したチャリティー・コンサートもあります。是非お出かけ下さい。

 

1998年8月13日〜16日  M.O.P.P.の総会が今年はフランスで予定されています。

総会の後3日間、友人達の集まりの計画もあります。3年に1度ですが、相互の交流が行なわれます。テーマは“福音を伝えること”です。

  ○いつ、どこで、だれに、福音を伝えることができるか

  ○福音を伝えるために障害は何か

  ○み言葉をどういうふうに伝えるか

  ○福音を伝える人を育てるためによい考えがありますか

などで話し合いがもたれます。

 

1998年10月9日(金)夜〜10月11日(日)  聖書の旅 聖心会“山の家”

 今回は、裾野市にある“山の家”です。なだらかな丘の上にある家で、“聖書の旅”を計画しています。9日(金)の夜からです。

 


編集後記

 

☆ジユリアーのさんのインタビューのPart2はどうでしたか。文化のこととか、もっと語ってもらいたいところです。いつの日にか続きましょう。

 一人一人は日々の労働をつまらないと思っている人が多いし、実際、様々な仕事についている人がいます。どんな仕事をしている人でもそれぞれ独自の工夫があるものです。日々の労苦、苦難の積み重ねがよりよいものを人間にもたらすものとなるという希望を感じさせてくれるインタビューでした。ありがとう。

 

☆実際、1990年頃、東欧社会が変わりつつあった時、言われたのです。“この社会を動かすのは、決して政治家ではなく、一人一人の労働者の力と考えによるのだ”と。M.0.P.Pの生きている意味の発露でしょうね!

 

☆ルイさんが来日しました。ブラジルの雰囲気が残っていますが……。ルイさんらしさが充分。日本はどうでしょうか。そのうち、インタビューしたいと思います。

 

☆フィリップさんは“聖書の旅”に祈りを通して少し参加したそうです。(葉書が来たので、葉書も参加しました。)“聖書の旅“で本当に“兄弟が共に座る、何という恵み、何という喜び”(詩篇1331)を体験しています。

 どんな人間も幸せを求めているし、幸せになれる。そして、幸せに生きることができる。神は、それを望んでいると思います。これは、確かなことです。

                         (田嶋 文)

 

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